433:えずく漢
「くそッ、気配察知でも探知出来ないぞ」
『ごめんね流様。私が察知した時はすでに爪が伸びている。だからここは、以前水塔で戦った時のあれを思い出して』
「あれ? ……そうか。分かったやってみる」
流は水塔でシュバルツと戦った時のことを思い出す。妖気を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、敵の動きを察知する。
流は目を閉じ悲恋を納刀したまま片膝を付くと、妖気の結界を張り巡らす。それも地面だけじゃなく空中まで半径三メートルのドーム状の半円だ。
(右……いや、そっちはフェイント。正面と背後の同時攻撃ッ!!)
「馬鹿め! 勝機を捨てたか? ならば死ねえええッ!」
「誰が捨てるかボケ。そ・こ・ダアアアアア!!」
流は前と後ろから同時にくる爪をジャンプし躱す。さらにその爪の上に乗ると、そのまま真上に大きくジャンプし、その漆黒の霧へ向けて抜刀術を放つ体制になる。
さらにこれまで静かに。だが濃厚に妖力を溜めていた美琴へと流はオーダーを叫ぶ。
「美琴オオオオオオオ!」
『美琴印の超・濃厚妖気だよ!!』
「ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚 【極】!!」
流が紫白の妖気を圧縮させた、悲恋の鞘から銀鱗のバケモノを解き放つ。瞬間、黒い霧が浄化されるように震えだすと、突如固まったかのように霧の動きが止まる。
その理由は、流と美琴の妖力が吸血熊の魔力を大幅に凌駕し、その力だけで霧を吹き飛ばさんとした。
だが吸血熊も負けていない。黒い霧、〝ブラッディダークフォグ〟が崩れるのを察知した瞬間、最大の魔力を込めてそれを防ぐ。
「グウウウウ! 人間ごときがああああああ!!」
吸血熊は、自分のテリトリーとも言える絶対空間。ブラッディダークフォグ内部での敵の行動は手にとるように分かる。
だからこそ、その内部で行われている事に焦る。が、今の自分なら何とかなると思い、魔力を放出しそれを防ぐ。
「ヴぁっはあああああ! し、しのいだぞ! ク、クククハハハハ! たかが人間風情、この我に敵うはずが――」
その瞬間、ブラッディダークフォグの最上部に亀裂が入り、銀色の光があふれだす。
吸血熊は口を開け放ち「馬鹿な……」と絶句した刹那、上部から白紫を纏った銀鱗の竜が天に向かって現れる。
さらにブラッディダークフォグに無数のひび割れが走ると、それが内部から膨張するように膨らみ、紙袋を破裂させたような音で割れ響く。
まだ黒霧がのこる爆心地より、〝ザリッ〟と土を踏む音が二度聞こえる。見ればソコには顔を酷く歪めた銀髪の漢。流が鬼のような形相で立っていた。
「オイ、オイ、オイ……すっっっごく臭かったぞおおおおおおおお!! 何度、虹の架け橋を描きそうになったと思う? 十九回だ。いいか、十九回も俺は地獄を味わった!! お前だけは人類の敵認定だ。絶対にこの世から消してやる!!」
『流様そこーーー?』
流は涙目。いや、号泣しながら決壊しそうな口を塞ぐ。もう今にも虹を描きそうなほど顔を青くして。
そんな彼を見る冒険者たちは不安に顔を青くして、口々にぼやくように話す。
「だ、大丈夫なのかあいつ……」
「顔が真っ青だぞ? つか吐きそう」
「うわぁ俺今のアイツの顔を、近くで見たら失神するほどこえええ」
「よほどクサイのですかあそこは? 私達が入ったら死にかねないのか」
「いい加減にしねーかお前ら。ナガレはなそんなヤワな漢じゃねえ! 俺には分かる!」
「あ、吐いたんだゾ……」
「「「…………ぇぇぇ……」」」
よほど我慢が出来なかったのか、虹の架け橋をお空に描く。虹を描くには今日は良い日和だと、流は心で泣いた。大号泣だ。
あっけに取られた吸血熊は、我に返るとその頭上より落ちてくる銀色の竜に気がつく。
「しまッ!? グギャアアアアアアアウ!!」
咄嗟に体をひねる事で頭への直撃は防いだものの、右肩より真下へと食い破られたように右足首まで斬り裂かれる。
その大ダメージに流石の吸血熊も叫び声を上げ、即霧になって身を隠す。
「オウエッ……ハァハァ。ど、どうだ! 俺の渾身の演技は成功したようだなぁ?」
『渾身の言い逃れなのは分かったよ。ウン……』
流は青い顔で息をあげながら、なぜか香ばしいポーズで悲恋を吸血熊へ向けて言い放つ。実にかっこうが悪い。
そんな流を呆れながらも見つめる美琴。だが次の瞬間、黒い霧が動き出すのを察知。
『流様! 吸血熊が――ッ!? あの方向は冒険者たちがいるところだよ!!』
「うぇぇ……きもぢわりぃ……」
『もぅしっかりして!! このままじゃッ!?』
流がえずいている隙きをつき、吸血熊は霧になり空を駆ける。それは今受けたダメージで、瀕死になっている事に焦っているからだ。
ヴァンパイア、しかも真祖と成った体はこの広場全域の「獲物の香り」は補足済み。
だからこそ即回復し、その回復幅が最大になるであろう獲物へと向かうのだった。




