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431:ラース、頑張る

 天女が消え去ってから、そっと悲恋を納刀する。ジットリと嫌な汗をかきつつ、流は美琴へと話しかけた。


「なぁ、天女ちゃん、どんどん怖く(可憐)になって行くんだが……」

『そ、そうだね。アハハ……。それになんか燕さんもいっぱい居たね……」

「ますます強くなっている気がする。お前の中で修行でもしてんのかあれ?」

『それは分からないけど。りっぱな御殿には住んでいるよ?』

「どんだけフリーダムなんだ!? お前の中は……って、やっぱそうくるよなぁ」

『そりゃねぇ。あと何回なのかな?』


 崩れ去ったはずの吸血熊が集まりだす。うぞもぞと、地面を這いながらドロリと真っ赤な肉塊と血液が一箇所を目指す。

 その中心には感情を感じさせない黒く無機質な目があり、それが流を睨みつけている。

 やがて血溜まりから口が生えてくると、冷静な声でこう告げる。


「……キサマはここで絶対に殺しておかねば、我の未来が危ういと気がついた。何が何でもここで殺す」

「奇遇だな、俺も同じ意見だよ。いい友達になれそうじゃないか?」

「減らず口を叩くのはここまでだ」

「なに、ちょっとしたリップサービスだ」


 すっかり元にもどった吸血熊は、流と油断なく対峙する。流もまた力みはしないが、吸血熊の一挙一動を見逃さないと、鑑定眼を発動させていた。

 遠くではイルミスの戦闘音と、Lが戦っていた森長の声が響く。

 ちかくを見れば食い散らかされた死体があり、ここからはもう「栄養」は補給出来ないと横目で確認。


(問題はコイツが新たな生命を吸わないようにする事。そして死体にも近づけさせない。だがうまくいくか?)


 流はそう思いながら腰の袋の一つに指をはわせ、その感触を確かめた後、悲恋美琴を抜刀する。

 吸血熊も赤く濡れた爪を出すと、流へと近づく。残り三メートル手前で二つの影は止まり、どちらともなく攻撃が始まる。


 同時に悲恋と爪がぶつかり合う。よほど硬質なのか、爪の一本だけ斬り飛ばすことに成功する。しかし即座に回復し、またその爪で襲いかかる。

 流はそれを苦々しく思いながら、三連斬で太ももあたりを斬るが、即座に回復してしまう。

 攻撃力はそれなり。だが回復力が異常なこの吸血熊に、流も苛つきがつのる。


(くっそ、斬ってもすぐ回復しやがる。弱点らしいのもあるが、それもすぐに……チィ)


 さらに斬りきざむ事、五分ほどがたつも一向に弱る気配がない。しかも霧になって蜜熊を襲い、吸血をしている。

 そのまま流へと黒い霧が戻ってくると、実体化しつつ上から右手を振り下ろす。

 瞬間、流はなにを思ったのか、その右手にむけて走り出す。


 その直後、最初の音は硬質なモノ同士がぶつかる音が響き、次に肉がぶつかる音。それは吸血熊がなぐりつけた腕を流が登り、そのデカイ顔面を殴りつけたからだ。

 無論ダメージはない。だがそれを見ていた冒険者は、一つの事を思い出す。

 それは流が殴りつけた場所、それは――。


「オイ、あの男が殴った場所って、あそこは『アレ』がある場所じゃねーか?」

「あぁ。間違いねぇ……あいつが殴った場所は嬢ちゃんの例のツボがある」

「八宝蓮華蜜か!? あいつもアレ場所が怪しいと思ったか。ラースさんどうします?」

「考えるまでもねぇ。俺が行ってくるから、おまえらはここから動くな。もし俺が死んだら死にものぐるいで脱出しろ」

「おにぃさん……」

「なに心配するな、すぐに戻る。おまえら、シーラを頼むぞ?」


 そう言うとラースは駆け出す。銀髪の男へと蜜熊が吸血熊になった真相を伝えに。

 途中蜜熊の死体を目撃し、こんなにあっさりと殺せるものなのかと震える。

 だが、この情報をなんとしても伝えなければと奮い立つ。あの異常な食欲さえ断ち切れば、吸血熊は弱体化するかもしれないのだから。


 だが、近づくにつれ恐怖心で足がすくみそうになる。なぜなら……。


「グゴオオオオオ! 死ねえええええ!!」

「厄介な霧だなッ!! ジジイ流・肆式! 四連斬!! 【改】」


 ラースの目前でそれは起こる。吸血熊が霧の中から腕をだして攻撃した刹那、それに見事に合わせて肆式の四連を放つ。

 肆式はインパクトドリルのように、一撃当てれば次の衝撃が襲いかかる。それが四つのうえに、【改】で底上げされた威力で吸血熊の右手を斬り裂く。そのあまりにもすごい圧力に、足が止まるラース。だが。


「クソッ、こんな何でもない事で恐怖に取り憑かれるな!! す~~~はぁ~~~……よしいける。おおおおおおい! そこの吸血熊と戦っている人! そいつの右鼻の奥にある白いツボ! そいつが異常な食欲を引き起こしている! そのツボを排出してくれ!!」

「って、アンタ何してる! 危ないからこっちへ来るな!!」


 流は吸血熊の実体化したケリを上半身をのけぞらし躱す。そんな時何かが聞こえた。

 見ればスキンヘッドの男が両手を振りながら走ってくる。それを見た吸血熊は――。


「喰いそこねがやってきたか、まずはアイツを喰ってプパワアアアアアップぶぎゃ!?」

「させるかよ! ったく、死にてえのかあんた!?」


 流は吸血熊がラースを食べるために、地を滑るように実体化した瞬間、打ち上げるように喉元を斬りすてる。

 その足でラースの元へと駆け寄り叱責。だが、どうやら命がけだとわかる表情で流に食いかかるように話す。


「聞いてくれ! そこの元・蜜熊がどうしてそうなったかをな!」

「なに? それはどういう事だ?」

「時間がないから簡潔に言う。アイツの右鼻の奥に白いのが見えるだろう? それが原因だ。八宝蓮華蜜、この名前に聞き覚えは?」

「無い。それがどうした?」


 ラースは頷くと、その効能について話し出すのだった。

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