430:大激怒
「ジジイ流・刺突術! 針孔三寸!!」
流は針孔三寸で、右目・喉・首の付根と、拳大の穴を三つ穿つ。
たまらず吸血熊は唸り声を上げながら、苦しむようにばた付く、が。
「なッ!! 消えただと!?」
突如吸血熊は流の目の前から消え去る。あの巨体を動かそうにも足首は切断したままだったし、回復した様子も無かった。
しかし現実は「一瞬黒い霧のような物」が出た瞬間、目の前からこつ然と姿を消していた。
流は即座に気配察知と鑑定眼の同時発動をするが。
(どこだ……気配を感じられない? 一体どこへ消えやがった……ッ!?)
『流様! 真上から!!』
「そっちか!? チィ! これでも喰らっと――消えた……」
流の真上に現れたと思った吸血熊だが、流に見つかったことでまた黒い霧になって消えてしまう。
八メートルもの巨体が、こうも俊敏に消えるのかと思考の迷路に入りそうになった所で、イルミスが遠くから叫ぶ。
「流! 考えるだけ無駄ですわ! 吸血熊はまだコウモリ化は無理のようす。だから霧にしかなれませんわ! その集まる時が狙い目ですわ!!」
「おいおい、マジで吸血鬼っているんですね」
『いるじゃありませんか、ほら。今も備前長船で熊さんを倒している女が』
「デスヨネ……って、美琴!?」
『ッ、地面の中!!』
流は地面に向けて攻撃をしようとする。が、地面をえぐる事はまずい。万が一気脈が「樽」と密接につながっていた場合、誘爆する恐れがあるのだから。
それをとっさに思い出した流は、持てる最大の脚力を妖気で強化しつつ、垂直に飛び上がる。
「これで出てきた瞬間を叩き斬ってや――グガアアッ!?」
『流様!! って、何でこんな場所にいるの!?』
「バカメが! 地面の中にあるのは我の一部にすぎぬ。本体は薄く空気中に漂わせていたのだよ!!」
流は吸血熊の渾身のケリを背中に受けてしまい、そのまま地面へと落下する。
まだ上昇中だった事と、吸血熊の急降下による衝撃は流を容赦なく地面へと叩きつけた。
陥没する地面。それをみた冒険者は悲鳴のような絶叫をあげ、それを見ることしか出来ない。
「うっそだろ! 吸血熊のやつ、消えたり出たり出来るのかよ!?」
「ラースさんどうするよ、逃げるか!?」
「騒ぐなお前達、まだあの男は無事だ。それにシーラを見ろ。ふ……心配のかけらもないような顔で見てやがる」
ラースはそう言うとシーラの顔を一瞥する。その顔は期待に満ちあふれ、流の勝利を微塵も疑っていない様子だった。
その期待に応えるように、流は陥没した地面から苦痛に顔を歪めながら出てくる。
どうやら骨折などはしていないようだが、打ち身や打撲はあるようで、とても痛そうだった。
「くっそ、痛でぇぇ。咄嗟に妖気で背中をガードしたから助かったがな。ったく、地面に傷をつけるなクソ熊め」
『ほんとだよぅ。一瞬死んじゃったらどうしようと思ったよ』
「心配かけて悪かったな。とは言え、ナメテかかると大怪我どころじゃないな」
「そうだ。ナメすぎだキサマッ!!」
「グゥゥゥゥ!?」
突如地面から両足をつかまれ、思い切り締め付けられてしまう。さらに上空から迫る吸血熊の本体。
その黒い霧の中に吸血熊のいやらしい顔が浮かびあがり、鼻が〝バクリ〟と割れて、中から真っ赤な蛇のような蠢く舌が出てくる。
それをしならせるように流へ突き出し、嘲笑いながらゆっくりと降りてきた。
「ククク……ハーハッハッハ! なんだぁキサマ。先程の余裕がないではないか? ん~? 我を馬鹿にした罪はその血であがなってもらおうか」
流は美琴を納刀し、頭上へと迫る吸血熊を睨みつける。そして美琴にそっと語りかけると、悲恋の柄を握りしめ妖気を練り上げた。
「どうした、恐怖で声も出なくなったのか? 愉快・愉快・ゆか~いよのぅ? ハーハッハッハ。このまま楽しんでやりたいが、この後の宴が残っているのでな。さっさと終わらせよう。死ね小僧!!」
迫る吸血熊は微動だにしない流へと、真紅の舌を突き刺すまで残り七メートル。
流は足を掴まれたまま中腰になり、さらに妖気を鞘に圧縮する。
伸びうねる血塗れの舌先。その先端が突き刺さるまで、あと五メートル。
限界まで圧縮した妖気を、悲恋の鞘から超・高速抜刀する。
「……成り立て真祖ごときがナメすぎだ。ジジイ流納刀術! 奥義・陸翔燕斬【極】!!」
「な、なんだそれはあああああ!?」
突如めの前に現れた頭に冠を斜めに戴く女。純白の衣をまとうジト目の天女が、銀色の燕群を引き連れて現れる。
それに驚く吸血熊は叫ぶが、その時すでに遅し。天女は吸血熊の槍のような真紅の舌を大鎌で斬り捨てると、左手を吸血熊へと向けて振り下ろす。
天女の回りで八の字を描くように飛んでいた燕たちは、その合図で一斉に吸血熊へと殺到する。その数六羽!
それが吸血熊を取り囲むと、一斉に突っ込んでいった。
焦る吸血熊は霧になり逃げようとする。が、攻撃の最中で実体化しており、さらにまだ不慣れと言うこともあり、銀翼の燕に体を斬り刻まれてしまう。
「グギャウウウウウウ!? 何だソレはあああああ!!」
「叫ばないでウルサイ。それより……私の流になにしてくれてんのじゃ? オオン?」
「ヒッ!? よ、寄るなバケモノがあああ!!」
「言うに事を欠いて、私のどこが化け物だっていうの? ばかああああああ!!」
天女ちゃん大激怒である。大鎌を残像が残る速さで振り回すと、それを吸血熊へと振り下ろし、真っ二つに切断してしまう。
崩れ去る吸血熊。それを一瞥した天女は、頬をそめて恥ずかしそうに流の元へとやってくる。
「あ、あの、ね? 何でそんなドン引きした顔して見てんの? オン?」
「ひッ!? い、いえ。今日も美しいなぁって、思ってただけです。うん。ホントダヨ」
「ならいいんだ。えへへ……またね、流。その、ね? ふふ。好きになっても……いいんだゾ?」
「あ、ハイ」
そう言うと天女は、ついでに流の足を捕まえている熊の手を斬り捨てると、悲恋の中へと帰っていくのだった。
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