420:くまさんの宴に招かれざるお客あらわる
氷狐王は森に渡ると、腰を低くして流たちを降ろす。全員降りたのを確認すると氷狐王の首がモゲ落ち、中からワン太郎が登場する。その際なぜか二本足で立ち、ポージングをする。芸の細かい犬である。
どうやらこの森の中はヨルムの力もおよばないのか、木々が鬱蒼と生えていた事で元の小狐へと戻ったようだ。
「ふぃ~……なんか最近、ワレはこっちの方が楽になった気がするワン」
『ワンちゃん、王様なのに不憫な子……』
「酷いことを言ってやるな美琴。俺も切実にそう思う」
「う、うるさいワンねぇ!! ほれあるじぃ、早くいくワン」
ワン太郎は短い前足で流に飛びつくと、そのまま流の肩へとよじ登る。それを撫でながら、流が森へと歩を進めた時だった。
急速に高まる魔力を感じたイルミスと流は、即座に防御態勢をとる、が。
「なんだ……? 今、急速に魔力が高まった?」
「ええ間違いないですわ。多分あと数秒ですわ」
「イルミスそりゃ一体なに――」
流がそう言っている最中にそれは起こる。森の奥へと空気が吸い込まれた次の瞬間、今度は熱波とも言える熱い風が森の中より吹き付けた。
それと同時に衝撃波が襲い、その直後に爆音と森の奥が赤く光りだす。
イルミスはそれを見て確信する。これは魔法の暴発だと。しかもこの規模を考えると、上級魔法で間違いないと推測する。
光具合、その暴発した場合の状態。さらに音と衝撃波。以上から導き出されるのは……。
「上級魔法である、パグブート・カノンの暴発ですわ」
「なんだそれは? いや、先程の魔力から考えれば、これがその魔法だってのか?」
「ええ。未熟な魔法師が集中力を乱すとこうなりますわ」
「まて、つまりこれを撃った魔法師はまさか……」
「その予想、多分当たっていますわ」
「アルマーク・フォン・シーラ……エルヴィスの妹か。チッ、急ぐぞ!!」
流は森の中へと足を踏み入れる。瞬間、感じる強烈な違和感に流は困惑する。それはあの弐の妖力そのものだったからだ。
そして確信する。ヨルムが言っていた事が本当の事なんだと言うことを。
だが今はそれよりもエルヴィスの妹、シーラの救出が最優先だ。
しかしその救出対象であるシーラは、命の危機にある可能性が高い。それと言うのも、集中力が散漫になるような状態であることが、この魔法で分かったのだから。
燃え盛る森の奥へと流たちは走る。その奥に待つ、シーラたちの無事を願って……。
◇◇◇
――時間はシーラたちが蜜熊に囲まれ、脱出不可能な絶体絶命のところまで戻る。
あの後、蜜熊の長老が最高級酒とも言える、通称「蜜熊の密造酒」を冒険者の一人に進める。そう、酒ツボに顔を突っ込まれ、叩き起こされたラースへだ。
長老はラースが一人で蜜熊を倒した事にとても感動し、彼を一族の客として迎えると宣言をした。
その事にラースを始め、生き残った一同は驚く。もしかしたらこのまま帰れるのでは? と、誰しもが期待を持つ。
だが、そうはならなかった。なぜなら……。
「次ノ者。行ケ」
「……なぁ森長よ。どうしてもアンタの言うことを聞かないと、俺らは生きて返してくれないのか?」
「愚問。当然ダ。本来ナラ、即座ニ殺シテイル。ガ、オ前ノ戦イニ興味ガ湧イタ。マタ、見テミタイ。ダカラ他ノ勇者。選ビ出ス。コレハ祭リダ。大イニ楽シモウ」
そう言うと森長と呼ばれた、蜜熊の長老は熊なのに器用に笑う。その視線の先には二つのものが映っていた。
一つは今戦っている冒険者の男。ラースの古くからの馴染みの顔で、今回の遠征にも喜んで付いてきた物好きだ。そんな色白だがヒゲが濃い男は今、蜜熊と一対一で戦ってる。
勝てたら全員の命が助かり、負ければその逆になるデスゲーム。
すでにここまで生き残った仲間の、半数近くがデスゲームで死亡し、残りはこの男含め六名。
そしてもう一人が、森長の視線の先にいた。
その一人は元・白く露出度の高い衣装に身を包み、美しい金髪は血と土で薄汚れ、健康的な小麦色の肌をあちこち切り刻まれ血に染める。
いつも元気だった黒い瞳は力を失い、朦朧とラースを見つめている。
そんな満身創痍の娘、シーラは蜜熊に両手を持たれ、まるで貼り付けにされているようにぶら下がっていた。
森長曰く、「森ヲ焼イタ代償、コノ程度デスムナラ安イ」とのこと。
ラースはその姿を見て拳に力を込めすぎ、ツメが手のひらへと食い込み血がにじむ。
だが動けばシーラを八つ裂きにすると宣言されている以上、うかつに動けない。
だが一か八かとも考える。武器のロングソードは手元にあり、長を斬り捨てて脱出を図ろうとするが、この状況。つまり蜜熊に囲まれている中からの脱出は不可能。
それを理解したラースは、心を血涙で満たし友とも呼べる男の勝利を願うのだった。
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