表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

415/539

414:くまさんの討伐祝は笑顔であふれる

「左右のお前ら出番だぜ! 殺られた奴らの敵討ちだ!!」

『『『オウッ!!』』』


 ラースの指示で左右の茂みから一斉に蜜熊へと襲いかかる。 

 中でも獣人の一人、黒ネコの獣人の男が集団の中より頭一つ抜け出て蜜熊へと迫る!


「このクソ熊があああッ! 兄貴をオモチャにしやがって、その首ハネてやんよ!!」


 黒ネコの獣人は未だに二本足で立ち、兄貴と呼ばれたトラの獣人を手に持っている蜜熊へと飛びかかる。

 流石は獣人。特にネコの(しな)やかな脚力で襲いかかる様は、見る者に勝利を確信させるのに十分な動きだった。

 すでに抜刀されている、片刃の刃渡り三十センチほどの大きめのナイフ二本で、蜜熊の首へと突き立てる。


「グギャオオオオッ」


 蜜熊の断末魔の叫び! たまらず蜜熊は前のめりに倒れ伏す。それを見たラースは絶叫する。そう、言ってしまう。


「やったか!?」

「ラースさん! やりましたぜ!! 完全に沈黙しましたぜ!!」


 ここがどこかを忘れたように、沸き返る冒険者たち。そのまま獲物を狩った喜びで、蜜熊の周囲に集まりだす。

 特に左右に散っていた遊撃役の冒険者がその側まで来ると、蜜熊へケリを入れた。

 

「チッ、噂ほどでもない。何が討伐推奨が最低八十人だよ。嬢ちゃんがいりゃあ、この人数でも十分可能だったな」

「ああ……犠牲は出たが、この蜜熊は特殊個体だったようだし、これは仕方ないか」



 そんな話を聞きながら、ラースは一連の事を考えながら蜜熊の元へと歩く。

 本来蜜熊は人は襲わない。が、一度敵対したら相手が死ぬまで攻撃し、強力な再生力で体を癒やしつつ攻撃してくる。

 だからこそ、当初の予定では怒り狂った蜜熊の一撃をシーラの魔法で防ぎ、その後冒険者たちが体力を削ぐ。

 ある程度して動けなくなったら、再度シーラの魔法「パグブート・カノン」でとどめを刺す予定だった。


 だがシーラが機転をきかし、防御より攻撃を優先した結果が功を奏する。

 しかし三星級(トリプル)で長年培った感がざわつく。目の前の死体を見ても安心できない。


(おかしい……こんなに簡単でいいのか? いや、実際死んでいる。出力を抑えたとはいえ、パグブート・カノンで風穴が空いてりゃ死んでいるのは間違いない)


 ラースは立ち止まり、チラリと背後を見る。そこには勝利の女神たる娘が、胸に手を当てて死者の冥福を祈っているようだ。


(あんなナリでよくやる。まぁおかげで助かったが……。さて、冒険者の仕事をしようか。胆嚢(たんのう)を切り取る仕事がまだ残っているからな)


 意味のない不安をかき消すように、ラースは頭を数度振りながら立ち止まった足を動かそうとした時だった。

 とどめを刺した黒ネコの冒険者が完全に首を切断しようと、もう一度ナイフを振り上げた瞬間にそれは起こる。


「クソ人喰い熊がッ!! その頭を剥製(はくせい)にしてギルドに飾ってや――ヒぎゃああああああ!?」

「ど、どうし……ヒィィィィィ!? 生き血を吸ってるッ!!」


 黒ネコの獣人の男が悲鳴を上げる。見れば蜜熊の死体と思われていた鼻が〝パカリ〟と割れ、そこから刺突武器のように尖った真っ赤な舌が出ていた。

 その血の塊のような赤く、細長い舌が黒ネコの獣人の左足の太ももに突き刺さり、大腿動脈(だいたいどうみゃく)から血液を〝ズチュズチュ〟とすする音で隣の男は飛び退く。


「ま、まだ吸血熊は生きているぞ!? 全員下がれ! 早くそこから離れるんだ!!」


 誰かがそう叫ぶ。そして全員がそれに本能的に従ってしまった。

 この時に無理にでも全員でトドメをさしていたらと、誰かが後に必ず思うことになるだろう。

 それがこの後の蜜熊の宴会を許すことになるとは知らずに……。





 ――蜜熊。いや、現在は吸血熊と言ってもいい行動をしながら、吸血熊はゆっくりと考える。


(ウマイ。うマい。美味い!! なんだこの甘美な味と、濃密な飲み物は!? 動かない体が徐々に回復……いや、それ以上に! 異常に!! 力が(たぎ)るッ!!)


 もともと妖気の影響で妖獣化しており、その影響で軽い知性を持っていた蜜熊。

 それが人の脳を喰った影響か。はたまた血をすすった事が原因かは知らず、意識が覚醒する。


 さらに蜜を食べれば体力や傷が回復すると言う、でたらめな体質だったが、今は血を吸えばそれ以上に回復していた。


 やがて黄金の獣はゆっくりと立ち上がる……。そして周りを品定めするように見回すと、右手を一人の冒険者に向けて口を開く。


「ギャッハッッハッハ!」

「な、なんだよ!? なに俺をみて笑ってやがるッ!?」


 吸血熊は手を向けた冒険者を笑う。いや、そう聞こえるだけで、実際は「お前旨そうだなぁ」と言っているだけだ。

 しかしそんな事を知らない冒険者とシーラは、笑い声に恐怖で凍りつく。

 まだ獣らしく吠えられたほうが、精神的によかっただろう。だが現実は蜜しか食べないはずの蜜熊が人を食べ、血をすする。


 その現実と、狂気じみた笑い声が冒険者たちの心を容赦なくへし折る。


「ひ……ひゃあああああ!?」

「待て!? 逃げるなッ!!」


 たまらず一人の冒険者が逃げ出すと、吸血熊は後ろ足に力を込めて、「大ジャンプ」をする。

 逃げる冒険者。だが熊の習性とも言えるのか、妖獣になった今でも「逃げる獲物は追い詰める」と言う本能が、最優先で獲物(ソレ)を追う。

 逃げる冒険者は、必死で両足を動かし森まであとわずか、というところまで来る。


(ヒィヒィ、あの茂みに飛び込めばッ!? え? もう茂みの中? 暗――)


 そう思った瞬間、冒険者の意識は消し飛ぶ。なぜなら、吸血熊が上から押しつぶしたからだ。

 何が起こった分からないまま、逃げた男はこの世を去る。

 押しつぶされた男は、吸血熊に手を向けてさされ、笑われた冒険者だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ