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411:くまさんの大宴会直前すぺしゃる

(だがどうする、あの蜜熊の数はさすがになぁ。お前ら兄弟の意見を聞きたい)

(ああ、命あっての物種というしな。だがあれを放置するのは……)

(兄貴の言う通りだぜ。蜜熊は三頭。あの娘の魔法がいかに強力でも、流石にあれはなぁ。どうする、時間もないぞ?)


 三人は命が惜しいとの共通認識はある。が、欲望に目が濁る。だからしてはいけない選択を選んでしまう。つまり――。


(でもよ、ほら。おびき出せそうじゃないか? ほら、あの寝ている蜜熊はあのまま動かないし、飲んだくれている蜜熊はもうすぐ落ちそうだ)

(じゃあ残りの一匹を釣るってことか?)

(ああそうだ。見ろ、あいつだけはハニーグレープをつまんでいる。あいつを釣ればいい)

(そう、だな。兄貴の言う通りだ。そうしよう、そう報告しようじゃないか?)

(……分かった。俺もそれに異論はない。じゃあ戻ろう)



 三人は頷くと、静かにその場を去っていく。見逃されているとも知らずに……。

 

 不安より期待がまさる三人の足取りは軽い。やがて蜜熊の宴会場を抜けた三人は、冒険者たちのまとめ役である、スキンヘッドの男へと声をかける。



「戻ったぞラース」

「おお、無事だったか。それで状況は?」


 三人は顔を見合わせてニヤリと口元を歪め、ラースへと報告する。


「「「見たことのない宝の山がある」」」

「なにっ!? そ、それはどう言う意味だ?」

「その言葉のままだよ。まず――」


 ありのままをラースへと報告する三人。その内容に、徐々にラースの表情も緩む。そして。


「分かった。それでその一匹だけは釣れそうなのか?」

「ああ、あいつはまだまだ食事の最中らしい。だからアレ(・・)を使えばいい」

「ふっ……持ってきてよかったと言うわけか。なぁ嬢ちゃん、本当に使ってもいいんだろうな?」

「もちろんだゾ。そのために持ってきた『八宝蓮華蜜』なんだゾ!」

「だから叫ぶなつーの。ったく、なら遠慮なく使わせてもらう。よっしゃ野郎ども、これから楽しい熊狩りの時間だ」

「「「おう」」」


 ラースは三人からの報告で士気が上がったのを確認すると、そのまま一つ頷く。

 

「報告にあった蜜熊の宴会場に少し入った広場まで、蜜熊を釣ってそこで叩く。その役目は引き続き、お前らジェスとルッガ兄弟に頼みたい。報酬は二倍だ」

「「「喜んで」」」

「よし、なら決まりだ。今すぐ出発するぞ」


 総勢二十一名は静かに立ち上がると、蜜熊の宴会場へ向けて慎重に歩き出す。

 中央の異様に濃く若い緑色の森へかかる砂浜に、シーラたちはしずかに足を踏み入れる。

 透明度が高い、澄んだ水をふんだんに吸った白い砂は固く、砂場に足跡を微妙に残す。


 さくり、さくり。と不思議な足音をかすかに響かせ、一同は蜜熊の宴会場へと入る。

 森は不思議な感覚だった。噂には聞いていたが、違和感の塊。

 それに気がついた冒険者の男が、ぼそりとつぶやく。


「……虫も鳥もいない? ラースさん、これは?」

「俺にもわからん。ただあまりにも静かだ。いったいどう言うこった? 嬢ちゃんは知っているか?」

「分からないんだゾ。ぼくもおかしな場所だとは聞いていたけれど、ここまで不気味だと怖いんだゾ」

「漏らすなよ? さて、おしゃべりはここまでだ。先行した三人が戻る前に、広場を三方向から包囲する。まず俺らは入り口を背に、このまま陣取る。それが八人だ。残りは五名ずつ、広場の左右に散ってくれ。俺らが蜜熊の一撃を防いだ後、背後から一気に襲いかかれ」

「分かったぜラース。俺らは左の茂みに潜む」

「じゃあうちらは右で、ヘマすんじゃねーぞ?」

「ハンッ、お前もな?」


 左右に分かれるリーダーとなった冒険者の男たちは、互いの拳をあわせる。そして打ち合わせらしいものもせずに歩き出す。

 このあたりは流石に三星級(トリプル)と言ったところか、その動作に迷いはない。だがその慢心が、あだにならなければいいが……。


 やがて準備が整った彼らは、囮役の三人をじっと待つ。その思考の先はバラ色とも言える。黄金が待っているのだから。



 ◇◇◇


 本隊と分かれた三人は、蜜熊の元へと戻ってくる。

 相変わらず一頭は食事のようで、残りの二頭は寝ているようだ。


(おい兄貴、あの熊ヤロウまだ食ってやがる)

(よし、狙いどおりだな。ジェス、俺と弟は風魔法で八宝蓮華蜜の香りが他の二匹に行かないようにする。お前が釣ってくれ)

(チッ、俺がハズレ役かよ。お前らの一割もらうぜ?)


 ジェスは嫌そうにそう言いながら、ルッガ兄弟を見る。すると渋々ながらも、同意の意思をしめすように首を縦にふる。

 それを見たジェスはニヤリを口角を上げると、腰の袋から木箱を出し、中から白いツボを取り出す。

 

 ツボは片手に収まるほどの大きさで、中身がもれないように魔法処理がされている徹底ぶり。

 それだけ貴重なこの「八宝蓮華蜜」は、トエトリーのダンジョンに生えている花の蜜だ。

 ただこの蜜、味と言うより異常に香りがよい。瀕死の重傷者でも、その香りで食欲が湧き出ると言われるほど、香りを嗅いだ者は異常な食欲(・・・・・)を持つ。

 

 蜜熊でもない、普通の人間ですらそうなのだ。ならば蜜熊に使えばどうなるか?

 その答えはもうすぐ分かるだろう。この三人の手によって。

 

 もともと無理な討伐依頼。だが報酬金額に目がくらみ、さらに宝の山に平常心を失った彼らの前には、小さな不安など些細な事だった。

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