408:大きな黒い樹の下で
だが同時に男は思う。これは千載一遇のチャンスなのではないのかと。
自分の人生さえ捨て去り、この結界を作り出した。それについて、今更なんの未練もない。
しかし目覚めてみれば、あいも変わらず感じるアレの存在感。このまま放置すれば、やがて……。
だからこそ、男はこの危険かも知れない状況を利用し賭けに出ることにする。どうせこのまま放置しても、ただの時間稼ぎなのだから。
「……分かった。だが一つ条件がある。その娘の救出後、俺の願いを叶えてはくれないか?」
「それは封印されているナニカを討伐。もしくは破壊という事かしら?」
「そうだ。まずはその男、コマワリ・ナガレと言うやつを連れてきてほしい。本当にそいつが俺の精神体が危機感を抱くほどの相手なのか、この目で確かめたい」
「わかりましたわ。では空の封印を解除してはいただけるかしら? それと道もここまで、真っ直ぐ繋げてほしいですわ」
「わかった。では……」
男は一つ頷くと、両手を天にかかげる。そして勢いよく下げると、緑色がかった空が徐々に青い空へと変化した。そしてその先には……。
「っ!? イルミス様!! そこにおいででしたか!!」
「あら、Lちょうど良かったですわ。今から呼びに行こうと思っていたところでしたのよ?」
「そうでしたか、ご心配をおかけしました。それよりこれは一体? そしてその強烈な呪詛の塊のような大木は……」
「心配をかけたのはわたくしですけどね。これはこの森の結界ですわ。それとここへ流を連れてきてほしいのですわ。お願いできて?」
「はい、すぐにお伝えします!」
Lは背中の黒翼を大きく羽ばたかせると、そのまま流のいる方角へと飛び去っていく。
それを見た男は驚きの声をあげ、その存在をイルミスへと聞く。
「おい、あれって龍人なのか? ずいぶんと見た目も雰囲気も違うようだが?」
「そうですわ。わたくし達の主にして、この世界へ舞い戻った侍……それが流と言う存在ですわ」
「なんとサムライだと!? あの気持ちのいい奴らか!」
「侍を知っている? すると貴方は三百年より後にこの森を作った……いえ、千石様と来たことがあるし……」
男は笑ってそれを否定する。
「いやいや、そうじゃないんだ。俺はもっと以前よりここを作った。正確には……ん。今の話だと最低三百年はたっているのか? まぁそう考えると、三百と十年くらいなのか」
どうやら男の話だと、千石が来る前にこの森を作ったと言うことだった。その理由を聞くが、それは流が到着してから話すという。
そのまま昔話を互いにしながら待っていると、割れた森を疾走する氷のバケモノが現れる。
「うおッ!? なんだあのバケモノは!! あれがナガレか?」
「違いますわ。あの背中に乗っているのが流ですわ」
「背中? おお~本当に黒髪の男が乗っている。あれがナガレか……」
男は感慨深くも思う。そして同時にその威圧感に震えた。なぜなら……。
「な、なんだ!? 突然銀髪になったぞ! しかも恐ろしい……アレはまるであの……」
「イルミス!! そいつから離れろ!!」
突如妖人になった流は、氷狐王の背から勢いよく飛び降りると大上段から男へと縦に斬りかかる。
男は突然のことに驚くが、即座に腕より太い黒いツルを足元より生み出して防御する。
太く編み込まれた黒いツルは流の斬撃を受け止め、それを弾く。が、当時に切断もされていたようで、男の顔がその向こうから見えた。
その顔は蒼白と言ってもいいほど、恐怖で湧き出たもので濡れていた。
「突然なにをするんだオマエ!!」
「なにをだと? ふざけやがって、オマエこそイルミスをどうするつもりだった!!」
「ちょ、ちょっと流落ち着いて。一体どういう事ですの?」
「お前は気が付かないのか? こいつ……人形の手のものだ」
「なんですって!?」
確かにおかしな違和感はあった。だがそれはこの森の結界のせいだと思えたし、それが害悪のあるものとは思えなかった。
だが一つの事を思い出す。それは――。
「まって、そう……妖精が言っていた、『気をしっかりと』と言う意味はこれでしたの」
イルミスは思い出す。お風呂の妖精と別れ際に言われた、「気をしっかりとね」と言う言葉の意味を。
つまり流が感じていたように、この男は人形の手のもの。だからこその違和感と、その正体。
しかしそれが正しくもあり、違うようにも感じられた。
「流少し落ち着いて。わたくしもそう思いますわ。でも彼の話を聞いてからでも遅くはなくてよ?」
「イルミスお前……」
流は男を睨みつける。そして悲恋美琴をいつでも攻撃できるように構え、男の言葉を待つのだった。




