407:豆のつるはよく生える
ちぎられたソレは、水のようでもあり、薄絹のような肌触りの不思議なものだ。
それをイルミスはそっとアイテムバッグにしまうと、中性的な妖精へ右の人差し指を出して微笑む。
不思議な顔でその指先を見つめる妖精。だがその意味を理解したようで、その指を両手で持つと、上下に大きくふる。
「ありがとう、大事にいたしますわ」
「うん! これでおじょうちゃんも友達だね! じゃあがんばってね、さようなら~」
そう言うと中性的な妖精は、水が弾けるように消える。最後まで不思議な生き物だとイルミスは思うも、今は目の前の男に注意が自然と向く。
その男は、黒々とした薄汚れた髪をボサリと肩まで伸ばし、ヒゲが耳の付け根まで生えている。ジットリとしたその人毛は、臭いがここまでしそうだと、イルミスは形のよい眉をしかめる。
不気味な男の眼差しは相変わらず微動だにもせず、イルミスの方を見ているが、その目はどこを見ているのか不明だ。
むしろ現実と言うより、他の世界でも見ているのでは? と思えるほど、不思議な瞳が虚空を見つめる。
このままでは埒が明かないと、イルミスは男に話しかけた。
「ねぇ、貴方。この先に行きたいのですが、わたくしと仲間を通していただけません?」
「………………」
「聞いていますの?」
「………………」
「そうですの……では実力行使で行かせてもらいますが、よろしくて?」
イルミスは男の返事を待たず、アイテムバッグから備前長船を取り出すと、黒い大木へと斬撃を放つ体勢に入る。
そして一気に距離を詰めると、連斬系統の基本業で斬り込む。
「古廻流・壱式! 三連斬!!」
「………………ぐぎょあああああッ!!」
男は突如口を開き、言葉とも悲鳴とも、怒りとも言えるような声で連斬を防ぐ。その方法とは……。
「まぁ。意外と器用な方ですわ」
三連斬が大木へと直撃する刹那、岩が地面から生えてきて連斬を防ぐ。その数六つ。
そこまでしないと防げないと思ったようだったが、それが正しいと直後に分かる。
岩は硬質な物が壊れる音と共に、真っ二つに割れたのだから。
「……ぐるがぁぁ。誰だ……俺の封印を壊そうと言う馬鹿はああああああああ!!」
「あら、お話が出来たのですのね。それは失礼を致しましたわ。わたくしはイルミス。平和的にお話をいたしましょう?」
ダリアの花のような、明るい笑みを浮かべるイルミス。流がいたら「どの口が言う!?」とツッコミ確定な事を、さらりとイルミスは言い放つ。
だが男はそんな事は知ったことかと、怒りを込めて覚醒したようだ。しかし、急に現実を理解したのか、徐々に落ち着きを取り戻す。
「ンンンンン……今はいつの時代だ? 一体あれから何年たったのだ……ハッ!? そ、それよりお前、どうやってここまで来れたんだ!!」
「あら、本当にお話ができそうで良かったですわ。ここまでは妖精のお友達に案内してもらったのですわ」
「妖精? ……チッ、おせっかい共か。まぁいい、ここに来れたという事はステキな事だ」
男の場違いな言葉に違和感を覚えた刹那、それは起こる。突如地面からマメ科のツルが勢いよく飛び出すと、それが絡まり合い、槍のようになって襲ってくる。その数ニ八本!
イルミスはニコリとしたまま表情を変えず、その槍を備前長船で斬り飛ばしながら男の方へと歩き出す。
さらに高速に生えてくるツルの槍を、さらに上回る速度で斬り飛ばしながら男の元へと歩む。
一歩、また一歩とゆっくりとした足取りで進むが、上半身は人間離れした動きでツルを斬る。
やがて男の手前一メートルまで来ると、その眉間に向け〝ビタリ〟と刃の先端である切っ先を押し付けるように止める。
「平和的にお話がしたいのですけれど、いきなり攻撃は酷いんじゃありませんこと?」
「……覚えていない。が、俺は攻撃されれば目覚めるようになっている。それが目覚めたと言うことは、そういう事なのだろう? ひどい。だがいい女だ」
「はて、なんの事やら分かりませんわ。いい女と言うのは否定はいたしませんけれど?」
イルミスの不敵な物言いに呆れつつも、男は大声で笑う。
「ハッハッハ! 久しぶりに目覚めれば、実に面白い女だ。うむ。あの攻撃を赤子の手をひねるように捌く。十分資格はあると見た」
「資格? それはいったい何ですの?」
「うむ。ここまで来たのだ。おせっかいな妖精共から、ある程度は聞いているだろう?」
「まぁ。何かを封印し、討伐してほしいんじゃないかと、彼らの話から推測はしましたが?」
「そうだ。それでだな、お前に頼みたいことがある。実は――」
イルミスはそれに被せるように話を遮る。
「少し待ってくださいませんこと? 実は今、貴方の頼みを聞いている暇が無いのですわ」
「……ほぅ。聞かせてもらっても?」
「ええ、それでここへ来たのですから」
ここに来た経緯をイルミスは話す。すると男も予想外だったようで、驚きと警戒心を持ってイルミスに質問する。
「するとその男。ナガレと言ったか? そいつがこの森へ来たら、俺が迎撃したと?」
「そうなりますわ。誓って言いますが、この森をどうこうしようと言う気も、目的を遂げた後も、貴方へ危害は加えないとお約束しますわ」
その言葉で男は唸る。それは正体不明な確実に危険な存在を、この森の中心へと導くことになるのだからだった。




