405:おおきなおはな
小さな家からヒゲの老人が出てくると、イルミスを見上げながら頷くように話す。
「ふむ。おじょうちゃん、人ではないね? あぁ、言わんでもいい。吸血鬼……それも最上位種じゃな? クンクン。ふむ、アリスの眷属か。あやつは息災か?」
イルミスが話そうと思うと、老人は右手を出しそれを静止する。さらに異様に大きい鼻で匂いをかむと、イルミスの素性を当ててしまう。これには流石のイルミスも、驚いて口を開ける。
それを面白そうに見つめる老人は、「カカ」と笑うと、その先を続ける。
「なるほどのぅ。ここに呼ばれたという事は、そういう事じゃな? ではこうしようかの」
老人は左手に持った杖で水面を叩く。すると森にある全ての音が消え去った。風でさわめく葉の音。鳥の羽ばたき。虫の演奏。魔物の遠吠え。その全てが止まる。
「これは……」
「ホホホ。なに、おじょうちゃんが困ると思ったのでな。ここの主に聞かれると困るんじゃろう?」
「ええ、そうですわ。よければこの森の事で、何か知っていたら教えてほしいですわ」
「ふむ。ん~まぁええか。アリスの眷属でもあるらしいから、まぁ大丈夫じゃろうて。ここはな、森であって森ではない。おじょうちゃんも体験したから、このワシを呼んだんじゃろう?」
イルミスは無言で頷くと、先をうながすように見つめる。
「ホホ。おじょうちゃんに見つめられるも、なかなか良いものじゃのぅ。それでだ、ここは奴を封印するための結界。森は偽装であって、結界そのものじゃ」
「結界? この森を利用したと言う意味の結界なの?」
「ちがうちがう。ここはな、森そのものが結界なのじゃよ。つまり、森が術式そのものと言うことじゃわ」
その言葉でイルミスは理解する。希少種だと思っていたトロールは、実は結界の一部であったと。
だから棍棒を召喚したのかと思ったあれは、魔法で作り出したり召喚したものではなく、「生やした」ものだと言うことを。
「そうでしたの……すっかり騙されてしまいましたわ」
「栄養はその乳に行き過ぎて、考えが回らんかったようじゃなぁ。ホホ」
「余計なお世話ですわ!」
「まぁそう怒るでないよ。それで、おじょうちゃん。何がしたいんじゃな?」
「ええ、実は……」
イルミスはここへ来た経緯と、森に阻まれた事を話す。すると先程まで優しげな顔つきのヒゲの妖精は険しい顔になる。
「すると、その人を捨てた者を通すために協力せいと?」
「ええ。そういう事になりますわ」
「おじょうちゃんも気がついているとは思うが、この結界は外からの侵入者には基本的に何もせん。だがそのナガレと言うやつには反応した」
その話に無言で頷くイルミス。そして一つの仮説を妖精へと話す。
「この森は強者を招き入れる。だからわたくしが入れた……でも、流は強者なのに弾かれてしまう。つまり、結界を破壊されると恐れたからこその反応。と、いう事かしら?」
強くヒゲの妖精は頷くと、イルミスへ続きをうながす。
「この結界の主……いえ結界そのものは、守るために在るんじゃない。一つはナニカを外へ出さないため。そしてもう一つの役目が『強者にナニカを討伐してもらう』のが目的ですわ。その基準をクリアしたのが、私とワン太郎。だけど流には、想定外の何かを感じた。と、言うことかしら?」
「うむ、その通りだ。その男が何者かは知らんが、結界が存在を脅かされる何かを秘めているのじゃろうな。ただ、話にはその髪飾りを得た娘も普通の存在じゃないと聞く……さて、どうしたものか」
大きい鼻をさすり、イルミスをジッと見つめる。その眼光は鋭く、先程の温和さのかけらも無い。
イルミスもそれに応えるように、静かに真っ直ぐその瞳を見つめる。
ふと風が吹き木々が揺れると、一枚のシュガーメイプルの葉と似たものが〝ふわり〟と水面に落下した。
水面に広がる波紋。ただその広がりは普通じゃなく、楕円形を複数重ねたような形だった。
それの中心に〝ぽこり〟と言う音と共に穴が空くと、中から水の羽衣を纏った妖精が飛び出す。
「じいちゃん! あの子は私が選んだんだよ? 死んでるけど、いいやつだ!」
「お、おう!? 突然現れるとビックリするわ。だがなぁ……人様の庭。しかもアレを封印している場所だぞ? 簡単に信じていいものか……」
「へぇ~。じゃあ何? あたしがバカだって言いたいの? オン?」
小さいが、その可愛らしい顔に似合わず、すっごい顔で睨みつける。
それにビクリとしたヒゲの妖精は、青い顔をして長い溜息を吐くと、出てきた妖精へと話す。
「わ、わかった! だからそう怖い顔で睨みつけるな! ったく仕方ないのぅ……じゃあお前、案内してやれ」
「わかりゃいいんだよ。さ、話はまとまった。おじょうちゃん、これから結界の主の所まで案内するから、後は好きにしなよ」
愛嬌がある憎めない笑みを浮かべ、中性的な妖精はニカリと笑う。
その姿を見てイルミスはなんとか間に合うかもしれないと、期待を持つのだった。
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