391:理解力のバケモノ
流たちは氷狐王へと騎乗すると、エルヴィスの案内で光の起きた方角へと進む。
徐々に太陽は昇っており、光が草原を照らす。黒い茂みは朝日を受けて、生き返るようにその色輝かせる。
朝露に光る、腰ほどの草が眩しげに光りだすと、遠くからLが飛んでくるのが見えた。
特に怪我はしていないようだが、その表情が見える頃には、流は失敗を予感した。
「あいつ失敗したな。見ろ、あの気持ち悪い顔を」
『酷いこと言わないでくださいよ。確かにデロンとして気持ち悪いですけど』
「まったく、あなた達は酷いわね。まぁそう思うけど」
セリアたちがこう言うのも無理はない。だって本当に気持ち悪いから!!
そんな事を言われていると思わず、Lは流の姿を見ると急降下してくる。
「マイ・マスター申し訳ありませんッ!! 敵を見失いました!!」
「なぜそんなに嬉しそうに、失敗を報告する……。まぁい――」
「――よくありませんッ!! さぁこれで、あたしをッ!!」
Lが流の言葉に被せるように否定すると、即座に革製の黒い物を捧げ渡す。
流はこめかみをヒクつかせながら、それを見て一応聞いてみる。
「え、L。それは一体なんだ?」
「ムチです!! これで失敗した、あたしを『思いっきり』ぶって下さい!! さぁ、今です! 愛のムチでさぁッ!!」
「ええい、ムチを押し付けるな! まったくこの変態娘め! くそ、なんか自分を罵っているようで腹が立つ」
『いや、流様はまだそこまでは行っていないよ。普通の時は……多分……だといいね?』
「余計に落ち込むわ! おふざけはここまでだ。それで、そのムチはどうつかうんだ?」
そんなこんなで美琴とセリアに叱られながら、流は話しをすすめる。
Lは並走しながら、事の詳細を報告すると、驚きの声が広まった。
「消えただと?」
「はい、上空から監視していましたが、こつ然と」
「巨石はお前のながれ弾で砕け、その後には何もなかったと?」
「はい。その後には奴らの死体はおろか、破片すらありませんでした」
報告を聞くうち、流は一つ気になることがあった。そう、黒い豪華な衣装を着た男のことだ。
いや、だが、そんなはずは無い。多分気のせいだろうと思いながら、もう一度その男の特徴を聞く。
「L……その。黒い服を着た、首から白いストラを下げた男。黒髪糸目の二十代半ば程だったか?」
「え? あ、はい。よくご存知で。そうです、そんな感じの風体でした」
瞬間〝ゾクリ〟とした悪寒とも興奮とも言える、不思議な感情が流を包む。その余韻が冷めやらぬうちに、その先をLが口走る。
「ぁ、そう言えば……先生とか言っていたような? うーん」
「L!! 今なんて言った!? 先生とそいつは言ったのか?」
「ひゃぃ!? た、確かにそう聞こえました。この姿になって耳も格段に良くなったので、そこは間違い無いです、ハイ!!」
「アイツ……生きていやがったのか!? 美琴、あのとき俺はアイツ……先生を確かに葬ったはずだ。そうだよな?」
『うん、それは間違いないよ。流様は確実に先生に、とどめを刺したよ』
ただならぬ流の雰囲気。それに一同は黙り込む。だがイルミスは流の隣に来ると、真剣な表情で話し出す。
「流、その男は先生と言ったのね?」
「ああ。俺にそう名乗っていた。本当の名は知らないが、ヤツは俺にそう言った」
「そう……。多分その男は元、王宮の筆頭魔法師長であり、部下を実験に使って皆殺しにした男ですわ」
「筆頭魔法師長? ……まて、それは確か豚王が俺に言ったヤツか? 確か名は……」
『ザガーム。そうオークの王様は言っていたよ』
「そう、彼の名はザガーム。ザガーム・フォン・アクトレア……わたくしの弟弟子ですわ」
その言葉に流は驚く、そしてイルミスは辛そうに続ける
「あの子はわたくしの師から魔法を共に学びましたわ。ですがあの子は天才だった。天才すぎたのですわ。水の属性魔法を教えれば、即座に氷へと応用が出来てしまう。火の属性魔法を教えれば、灼熱魔法の術式を自作してしまう。一を知り十を……いえ、百を知り応用する特別な才」
「まさか……それは固有スキルと言うやつか?」
「ええそうですわ。あの子は二百五十年前に、わたくしが拾った子。王宮から『固有者討伐令』で向かった先の、小さな領地の跡取り息子でしたわ。その固有スキルは『真理理解』と呼ばれるものでしたわ」
「そんな事があったのか……。それで国はお前が保護したと言うことで、処分から国のコマにしようとしたと?」
「その通りですわ。国は固有スキル持ちを忌避していますが、同時に自国のために働くと言えば、特殊な魔法で魂を国に縛りますわ。生来の天才肌、そして固有スキル。その二つで、国最強の魔法師の座を得たのは当然。そしてその魂の束縛すら、自分で魔法を開発し、破ったのも当然と言えますわ」
流のみならず、全員がその話に頷く。そして流はもう一つの疑問を聞く。
「あと真理理解と言うのはなんだい?」
「あの子から聞いた話では、結果が分かるそうですわ。それが何を意味しているのは、わたくしも知りませんが、『理解力のバケモノ』。それがわたくしの師があの子に与えた二つ名ですわ」
ザガームが魔法を極め、さらに魔術を復活させようとしていると、オークキングに教えてもらった事を思い出す。
確かにそのような、知のバケモノとも言える存在なら、それも可能だと思う流であった。




