389:あの男、再び
流は悲恋の中で、そんな会話がされているとは思ってもおらず、そのまま話を続ける。
それはセリアたちと合流前に、イルミスから聞いた話だ。
黒土の事、そして分からない存在。ノーミンと言う女のこと。
「――と言うわけで、その黒いクワを持った娘の方がヤバい」
「農耕魔法? 聞いたことがないわね……」
「ワシも知りませんなぁ。王都の大図書館なら、もしや情報があるやも知れませぬがなぁ。お嬢様なら閲覧可能では?」
「あぁそうだね。うん、可能なはずよ。あっちに行ったら見てみましょうか?」
「頼む。だが黒土はこうも言っていた。それは魔法じゃないとな」
『馬鹿ですよね、あの顔だけの人。その情報通りなら、多分魔法じゃなくて……スキル?』
「その線が濃厚だろうな。誰かそんなスキルがあると聞いたことは?」
全員その言葉に首をふるだけだ。ただエルヴィスだけは、思いだすように口を開く。
「あぁ……もしかしてだが、固有スキルかもしれないな」
「固有スキル? なんだそりゃ、初めて聞いたが」
「だろうな。まして異世界人の流は知らないだろう。こっちの世界でも知ってるのは、一部の人間だけだろう」
「どうしてまた? そんなものなら、有名になりそうなものなのに」
エルヴィスは「それはな」と前置きしてから、その理由を話す。
どうやら固有スキルと呼ばれるものは、大抵強力なものらしく、それを使い人々を苦しめる輩が多い。
そこで各国が連携し、固有スキル持ちは、発見されたその国で囲う。もしくは「処分」すると言う話だった。
「処分ねぇ……ほんと、異世界ってのは物騒で怖すぎだろ。でもなんで固有スキル持ちは、悪行に走るんだ?」
「いやそうじゃないんだ。無論正しく使う奴も過去にはいたさ。だが、どういうワケか、発現するのが悪党に多い。今回のその娘も、まぁそっち側だろ?」
「そう、なのかもな。でも悪いやつには見えなかったんだがな……」
流はあの娘。ノーミンの事が気になる。一般人にしか見えないただの村娘のはずだが、あの異常な力。
そしてなんの動作もなしに放たれる土の驚異。だがそれを流に、葬ろうと言う威力で放ったはずだが、そこに悪意は感じられない。
(もしかしてアイツは俺たちを見逃してくれた? いや、ただ眼中に無かっただけか?)
流はそう考えるが、答えは出なかった。ただその瞳は、黒土とノーミンが去った方の空を見つめていた。
◇◇◇
――同時刻――
黒土とノーミンは、王家の天領へさしかかる手前でノーミンの指示で止まる。
そこは街道の分岐点であり、草原の真ん中に大きな岩がぽつりとある場所だ。
岩には簡単な地図が掘られており、ここで旅人が休憩するようなキャンプ場でもあった。
「黒土、分かっているだべな?」
「わ~ってるよ。たっく……俺がココまで好き勝手にさせてもらったことには、本当に感謝してるぜ」
「んならばよす! んだば先生のどごさ向かうべな」
「ゲェ~アイツかよぅ。俺はアイツ嫌いなんだよなぁ……」
「ワッスも嫌いだす。だども、この箱を先生に渡すのも依頼の一つのす」
「って出すなよ!! しまえしまえ! ったく、わかったよ~。んでどこへ行きゃいいんだ?」
「此処ですよ」
突如背後から声が聞こえる。その方向へと黒土は振り向くと、そこには宗教指導者ような、ゆったりとしたデザインの服の男がいた。
その衣服の素材は、黒を貴重とした金糸で刺繍が入った贅沢な物で、首からストラと呼ばれる白い帯が、左右の肩から前に垂れ下がる。
ストラには記号のような文字と、蛇のような生物が刺繍されていた。
男……いや、先生と呼ばれた人物は、軽薄そうな顔つきで笑いながら手をふる。
見た目は二十代半ば程の、黒髪糸目で優男風の美男子だが、大抵の人は生理的に受け付けないタイプだ。
「……いただすか。それなら初めから、姿を見すてほしいだすね」
「チッ、だから嫌なんだよアンタは」
「はっはっは。先生をそんなに嫌わないでほしいものですねぇ。これでも先生ナイーブななんです。だから嫌われるとね、ショックで死んでしまいますよ?」
「いっぺん、死んでみるのす?」
「えぇ……そりゃぁ願ってもない事ですねぇ。少し前に侍に殺されて以来、死と言う快楽が忘れられなくてね。それを貴女が私にプレゼントしていただけるなら、とても幸運な事です」
先生とノーミンは睨み合う。そしてどちらともなく強烈な殺気を放ち始める。
足元の草はちぎれるように揺れ、蜃気楼のような歪みすら見えだす頃、それを止める男がいた。黒土である。
「やめやめやめ!! 俺の頭の上で殺気を飛ばすなノーミン。せっかく修復した顔のヒビが、また広がるだろうが!! それにアンタもだよ先生。死にてぇなら、そこの岩にでも頭潰して勝手にくたばれや」
「おやおや、黒土。久しぶりに会ったと言うのに、随分とつれないですね」
「うっせえよ。こちとら会いたくもなかったぜ。要件は箱だけか? ならさっさと渡しちまえよノーミン」
ノーミンは手に持った灰色の箱を一瞥し、それを無造作に放り投げる。
それを先生はニコリと笑いながら片手で受け取ると、嬉しそうに頭を下げた。
「これはこれは……確かに受け取りました。ありがとうございます」
「んだば要件はこれで済んだすな? んだば、ワッスたちは行くだす」
「そう嫌わないでくださいよ。ステキなプレゼント、実に感謝しています。ですからお礼に、一つお返しをいたしましょう」
「お礼? いらねのす。オメに親切にされたら、次になに頼まれるか怖わいのす」
「やれやれ。無償の善意ですよ? それに……このままお帰りになったら、色々面倒では?」
「……あぁ、確かに羽虫が飛んでるべ」
先生が見つめる先。そこには夜が明けかけた空に浮かぶ、黒い影が滞空していたのだった。




