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385:聖箱?

 吹き飛んだ土と岩。その向こうに疲れた顔をした少女がいた。その表情は、まるで領主に次の年の籾まで搾取され、絶望したかのように。

 

 少女は手に持つ漆黒のクワの背後部分である、風呂と呼ばれる部位。それをクルリと、下に持ち変える。

 そのまま黒土へ向き直ると、風呂で黒土の頭をしばきだす。


「もすもーす。その頭はかざりだか? ええか、ええですか、このワッスがお前を迎えに来たんす。感謝すて、その中身のない(あだま)でワッスを乗せて帰るのす」

「アイダダダ!? て、てめぇノーミン! やめねぇか!」

「もすもーす。とっとと穴から出て、ワッスを乗せるのす」

「やめッ、あ痛ッ!? クソてめッ!! あいだだ、分かった、ごめんなさい、許してくれええ!!」


 見た目はコミカルなやり取りだが、その異常な力を持つ少女。ノーミンと呼ばれた娘へ、流もイルミスも動けない。

 正確には動けないのではなく、動くと「地面が大きく陥没する」のが分かったから、動けず止まっていた。


「よぅ……そこの農家の娘。クワで耕すのは、土だけにしてくれねぇか? あやうく俺たちが潰れたトマトになっちまうトコロだったんだが?」

「ん、なんだべ? ワッスが可愛(めんこ)いからつって、ナンパだべか? やめてくんろ! こっ()ずかしいだべさ」


 ノーミンは土で汚れた顔を赤く染める。左手を頬に添え、なぜか身悶えているようだ。


「大丈夫かお前? 色々とヤバイ奴だな……それで、この後どーするんだい?」

「んだべな。ワッスたちは帰るべさ」

「無事に帰れるとでも?」

「んだ、帰るのす。ほれ、黒土。馬鹿口開いてねぇで、とっとと行くだべさ」

「アアアン? チョット待て、俺はヤラれっぱなしで行くのかよ!」


 無言の圧力で黒土を睨みつけるノーミン。思わず怯んだ黒土は、額に汗を浮かべる。


「分かったからそう睨むなつーの! ちッ……イルミス。そしてそこのクソガキ、覚えていろよ? 次に会ったら、木っ端微塵にしてやんよ」

「逃がすと思っているですの?」

「だな。足場が崩壊しても、お前だけは逃さんし、次の機会があると思えるのがめでたいね」


 二人はネコ科の肉食獣のような、しなやかに動けるように足を力を込める。

 それと同時に、抜刀した刀を流は左後ろに。イルミスは右後ろに引きながら、右足に体重をかけ、腰を落とす。


「黒土。おめがぼ~っとしてっから、ワッスが迷惑すんるんす。貸し十五、追加だべさ」

「待てノーミン。てめぇ何だその貸しの多さは!?」

「もすもーす? 頭の中身は、入っていってますかぁ? まぁ……これ以上じゃれられても面倒す。しかたないす、んだばコレでも喰うだべさ」


 ノーミンは漆黒のクワを小枝のように振り回すと、それで地面を三度耕す。


「農耕魔法・三度の飯よりおにぎりが好き!!」

「「なんッ!?」」


 敵の攻撃に備えていたはずだったが、突如地面が液体化し始める。

 さらに埋まり始めたことで、流とイルミスは背後へと大きくジャンプするしかなかった。

 それを見た黒土は、呆れたようにノーミンへと語りかける。


「まぁ~た適当いいやがって。何が農業魔法だよ。大体アレは――ぎゃああああ!?」

「ネタバレには()をくれてやるべさ。さて、とっとと行くす」

「殴るな!! ヘイヘイ、分かりましたよ~。じゃあな、お前ら。俺が殺すまで元気で生きろ」


 黒土がそう言った直後、流たちは足場が崩れ落ちるよりも早く、大地を蹴り上げたつもりだった、が。


「――ッ!? ちぃぃッ!」

「流!! つかまって頂戴!」


 予想より脆く、足場は踏みとどまることも困難な状態で崩れ落ちる。

 そのまま大地に飲み込まれる刹那、イルミスは魔力で足場を構築。そのまま流へ手を伸ばし掴む。

 

 崩壊する大地。その範囲は、流たちを中心に広がり半径二十メートルほどの穴になった。

 そこの中心にポカリと浮かぶ流は、穴の底に灰色に輝く箱のようなものを発見する。

 その箱が突如〝ドン〟と言う音で打ち上がると、ノーミンの手元へ弧を描き乗る。


 何の特徴もない、のっぺりとしたその箱の大きさは、長方形で彼女の手より少し大きいほどだ。

 しかしそこから滲み出る。いや、溢れ出す神聖とも言える空気が、ただの箱ではないと瞬時に理解する。つまり――。


「その箱がこの村が異常だった原因か?」

「んだ。こいつぁワッスならダメージねぇのす。だが黒土はほれ、この通り」

「うげへぇ~こんな近くだと、流石にこたえんぞ! 早くしまってくれ!!」


 面白そうに、何度も黒土の頭に灰色の箱を置くノーミン。


「なるほど。つまりその箱が、キサマらの悪意を隠していたカラクリでしたの?」

「昔の事はすらん。ワッスは依頼で黒土と、この箱の回収をしに来ただけのすから」

「そう……黒土。今日のところは見逃してあげるわ。次に会ったらコロス」


 イルミスは急速に高めた魔力で、向こう側にいる黒土を威嚇する。

 それにブルリと身を震わせた黒土は、負け犬のように吠える。


「ば、馬鹿! もう昔のことだ許せ! おいクソガキ! おぼえてやがれ!! いくぞノーミン!」

「んだな。じゃあオメらも、たんと野菜食って肥し作るだど」

「頭の上で汚ねぇ事言ってるんじゃねぇ!」


 そう言うと、黒土は走り出す。あの巨体からは想像もできないほど、その速度は早い。

 あっという間に遠ざかる黒い物体を、流とイルミスはジッと見つめるのだった。

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