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374:あやぶまれる

「そう警戒なさらないでほしいですわ。わたくしが流を見つめるのは、愛ゆえの事ですよ?」

「友達としてな? たく、困った不死者だよ」


 流は不死者と言う単語でふと思い出す。


「そう言えばイルミス。おまえ美琴を精霊かなにかと勘違いして、正体を知って気絶したんだろう?」

「ぅ……そ、そうですわね」

「おまえ不死者だろう? なんで幽霊ごときで気絶するんだよ」


 近くで幽霊たちが不満を口に出すが、流には聞こえていないようだ。


「それはほら、幽霊って怖いでしょ? だって……」

「だって?」

「死んでいるんですわよ!?」

「特大の百面ある姿見がいるか?」

「い、いりませんわ! 今思えば、なぜ幽霊と思わなかったのか……生きているはずがないのに」


 イルミスは考える。なぜこんな簡単な事が分からないのか? いや、それよりなぜ美琴はこんなにも「存在感がある」のか。

 まるで生者のような、生きている気配。しかしそれを否定する精霊のような不思議な気配。

 その二つの事柄から、死者としての選択肢が消えていた事に気がつく。

 どちらにせよ、異常なことであるのは間違いない。


「美琴……貴女、千石様のことを忘れてしまったの?」

「え、うん。忘れたと言うより、記憶にないんだ……」


 美琴は過去にあったことを話す。美琴が覚えていない事は、流が代わりに説明した。

 悲恋が創造されるまでの、地獄の日々。千石を思い、千石の帰りを待つがゆえに壊れた魂。

 その凄惨な出来事は、ここにいる全員の心が石のように重くなる。そしてそれを知ったイルミスは――。


「そう。そうだったのね……。そんな過去があったの……。わたくしはまだ幸せでしたのね。ごめんなさい美琴。さっきはあんな事を言ってしまって」

「ううん、いいの。今は私の側には流様がいてくれるから。それに主にもなってくれたしね。えへへ」


 美琴は嬉しそうにはにかむ。流は美琴の頭にポンと右手を乗せると、優しく撫でる。


「まぁそういうワケで、俺と美琴は一心同体も一緒なんだわ。おかげで人間辞めちまった、オマケまで付いてきたがな」

「そうですのね。本当に貴方はいつも女泣かせなのですね……」

「? 泣かせてるつもりは無いんだがなぁ……」


 流は不思議そうに宙を見ながら、後頭部を数度かく。すると、娘たちが何やら話し出す。


『聞きましたか姫? やっぱりラスボスです。しかも七段変化するタイプです』

「失礼だよ向日葵ちゃん。流様はそんなチャチな存在じゃありません! 十段変化です!!」

「よく分からないけど、不倶戴天の女の敵のような気がしてきたわ……でも好きだけど」

「「「そこですよねぇ」」」

「なに納得してやがる!? ったく、お前らときたら姦しい……。見ろイルミスとLを、堂々として……ですよねぇ」


 流が視線を向けた先。そこにLとイルミスがおり、顔を朱色に染めて熱く語る。変態とはなんぞや? とばかりに。


「でしょう? 千石様も流も、わたくしのココ。そう、この胸に釘付けでしたわ」

「フッ……。その程度、このLの足元にも及びませんねぇ? 見なさいな、この艶! 照り! そして弾力! あと色! ココ大事です、色が美しい!」

「クッ、生者の特権ですわね! ですが、不死者として譲れないモノがあります。ココです! ココを触ってみなさいな?」

「すわッ!? なんと言う艶めかしさ!? や、やるじゃなぁ~い!!」


 流は頭を抱える。どうして自分の回りはこんなんばかりなのかと。


「あのなぁ……お前ら。少しはその変態を自重しろよ? 見てるコッチが恥ずかしい」

『『『伝説級の二百面の姿見を用意しますか?』』』

「すんませんでしたー!!」


 流は綺麗に頭を下げる。無論腰から綺麗に折れて九十度だ! 謝罪すら漢らしい……と、自分に酔いしれる。

 そんな内心を見透かすように、ジト目が並ぶ。本当カンベンしたってください。


「ま、まぁ。イルミス様のカタナへの執着の原因が分かって、良かったじゃないか。私はてっきり極度の収集マニアかと思ったけどね」

「持つべきものは心の友だな、エルヴィス! 後で一杯奢らせてくれ!!」

「な、泣くなよ。その気持分かるつもりだから」


 ジト目に耐えきれなくなり、涙目でエルヴィスの背後へと隠れる流。実に漢らしい。

 

「さて。オチもついた事ですし、もう一度食事会を堪能あそばせ。今度は満足していただけますわ」


 一同は歓声をあげる。いくら美味くても、スープだけと言うのは寂しいものだ。

 メイド長のミミが全員を部屋から誘導する。それをポツリと一人で見る人物が一人……美琴だった。


 美琴は流を中心に、騒がしく去っていく後ろ姿を淋しげに見つめる。

 手には悲恋を持ったまま、なぜか微動だにしない。


『姫……気が付かれましたか』

「ええ三左衛門。あれは普通じゃない」

『ふぇ~姫。わたしもアレは見たことないですねぇ。ずっと記憶を遡って系統を確認しましたけど、やっぱり該当するものが無かったです』

「向日葵ちゃんの知識にもない? するとやっぱり……」

『ですなぁ。大殿のあの紋様、特殊すぎますな。雷蔵殿からの最終奥義の継承……あやぶまれますな』


 三左衛門の言葉に、美琴は黙って頷く。そして悲恋を固く握りしめると、全員の後を追って行くのだった。

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