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371:もう一人の大切な存在

「千石、この(ぎょく)をイルミスの口へと入れるがよい。そして真名をイルミスへあたえ、お前の眷属として扱うと同時に、未来の者へ魂の欠片(思い)を託す念を込めるのじゃ。真名は自分が好きな名にするとよい。じゃが、強く思う名にせねばならぬぞえ?」

「……わかった。強く思う名、か」


 千石は考える。一番は当然美琴だ。だが、実はそれと同じくらい気になる娘がいた。

 正確に言うと、その娘の将来が心配であり、その娘の子供も同様に心配であった。

 

(あいつ、無事に子は生めたのだろうか……いや、無事だからこその未来かい……。古廻の家系を絶やさぬためとは言え、あの娘には本当に悪いことをしたもんだ……)


 異世界へと来るため、千石は古廻の長としての役目をはたす。

 それは長の家系を存続させるため、一族のある娘と子をなすと言うものだ。

 千石はそれを良しとせず、色々あらがったが、長老たちに泣きつかれ仕方なく娘と関係を持つ。


 年齢はあの当時十八歳で千石より二つ若く、黒髪がとても見事な愛嬌のある笑い方が特徴の、名に相応しく、奥ゆかしく美しい面立ちの娘だった。

 その娘は千石を好いていたらしいのだが、その千石は美琴(他の娘)の事しか考えられないと噂を聞いていたらしい。

 だからその娘は、物陰からコッソリと千石を見つめていただけの片思いだったと、後に千石はその娘より聞かされた。


 そんな娘と一夜の時を過ごし、めでたく妊娠したと報告があり、異世界へと旅立つ事が決定する。

 旅立つ前夜、その娘が千石の元へとやって来て、本当に楽しそうに語らいをし、その中での笑顔を鮮明に思い出す。


 最後にその娘は自分の腹を撫で、涙をながしつつも明るく微笑む。


 ――千石様、異世界へ行ってもご壮健で。お早いお戻りを。

 ――ありがとうよ。ちょっくら行って来ぁ。じゃあまたな、お前も元気でな……


「……綾。そう、もう一人の俺の心から大事なやつの名前だ。イルミス、お前の真名は『綾』とする。これよりその真名は、俺の子孫が来るまで誰にも明かすことを禁じる」

「うむ。その思いを玉へと封じよ。イルミスが覚醒後、全て玉からおまえの思いが伝わるはずじゃ」

「そうかい。それとイルミス……いや、綾。お前にこの戦いが始まる前に、神との話しをしたな。だからお前は俺の子孫に仕えろ。そのための権限も、お前が真名を明かしたと同時にヤツ……古廻流へと移譲する」


 アリスは千石の言っている意味に困惑するも、死に際に嘘をつくとも思えず、それが真実なのだと理解する。

 そして左右に頭をふると、千石へと問いかける。


「その話が本当じゃとして、いや本当なのじゃろう。それでどうやって見つけるのじゃ? イルミスも見つけるのは困難じゃぞ?」

「あぁ、それも心配ないらしいぜ。今からきっかり三百年後に現れ、イルミスの領地にくるんだとさ。はぁ……神ってのは万能なんだか違うのか、本当に分からないねぇ」


 千石は時空神より聞いたことを思い出す。なぜ子孫が異世界へくる事になったのかを。

 だからこそ、絶対に失敗は出来ないと奮闘したが、結果は神の言葉どおりになる。

 ただその子孫、古廻流が持つと言う刀が、愛する美琴が打ったと聞いたが、その後美琴がどうなったかは教えてくれなかった。


「そろそろ時間か……もう体の感覚がねぇぜ」

「千石……世話になったのう……あの世でも馬鹿をして過ごすがよいのじゃ」

「アリスも達者で死ぬまで生きろよ。まぁ死なないんだろうがな」

「もぅ、馬鹿! 最後くらい真面目にしなさいよね!」

「くくく。素が出てるぞエセ真祖様」

「う、うるさいのじゃ! とっとと逝ってしまえ!」

「はいはい、今逝きますよ~」


 千石は備前長船をイルミスの胸の上に置くと、神気を込める。それは残りの命すべてと、イルミスへの思いをありったけ込めた、守り刀として。


「……はぁ。これで思い残すことはねぇぜ。さらばだイルミス、そして綾。馬鹿な子孫を頼んだぜ? 世話になった。お前達もな」


 千石を静かに見守っていた家臣たちは静かに泣く。そして――。


(千石わかったわ。貴方の思い必ず叶えてみせると誓うわ。でも……悲しいな、最後に話がしたかった……愛しているわ千石、これからも永遠に)


 千石は赤い玉に思いを込める。そしてイルミスの口へとそっと含ませると、しずかに息を引き取るのだった。




 ◇◇◇




 そうイルミスは話し終えると、流の瞳を静かにみつめ、跪いた姿勢で話を続ける。


「――ここまでが、わたくしが経験した全てですわ」

「千石……お前は一体何を知っていたんだ。それにこの感覚、妙に馴染む」

『まさかここにも、時空神が関与していたなんて……それに千石様……?』


 流はイルミスが話している最中、「千石の血」と言う魂の欠片が、体に徐々に馴染む感覚に驚いていた。

 まるで砂が水を吸うように、体がそれを自然に受け入れ、力がみなぎってくるのを感じていたのだった。

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