365:痛恨のミス
「ったく呆れるぜ。ここまで俺と互角とはな」
「何を言うのかしら? それ、わたくしの台詞でしてよ? 三百年。そう、あれからずっと守り通して来た我が一族の誇り。その集大成とまで言われた、わたくしをこうも簡単にあしらえるとは……許せませんわ」
「それは俺の台詞ですわ。まさかの異世界で、俺しか使えないはずのジジイ流に苦戦させられるとは、夢にも思いませんでしたわ」
どちらともなく、ゆっくりと距離を縮める。すり足気味に、だが足音をたてず一歩。右手の悲恋美琴を右肩に担ぐ。
赤のドレスを静かにツマミ、一歩。右手の備前長船を、だらりと下げ。
ヒタリ……ヒタリ……残り九メートル。
悲恋美琴に妖力を込め、刃を白く染め。
備前長船に魔力を込め、刃を赤く濡らし。
ヒタリ……ヒタリ……残り七メートル。
白い揺らめく妖気が刃に集約し、刃紋へと変わりはじめ。
赤い魔力は水滴のように集まりだし、刃紋へコーティングされ。
ヒタリ……ヒタリ……残り五メートル。
嵐の前の静けさよろしく、剣戟の前の静けさに見ている者たちは固唾をのむ。
これからが最終局面だとセリアは思う。なぜなら――。
「ナガレ、あなた本気なのね……」
セリアはそう呟く。それは髪を銀髪に染めた漢がそこにいたからだ。
そしてそれを見たイルミスも、それがどういう意味かを悟る。
流の姿に一瞬動揺するような顔になる。が、すぐに妖艶で咲き誇る、真っ赤なバラのように微笑む。
ヒタリ…………赤と黒が立ち止まるかと思われた刹那、それは始まる。
大上段から流は悲恋美琴を振り下ろすと、だらりと下げた備前長船を斜め上に斬り上げ打ち払う。
返す刀でイルミスは袈裟斬りに流を襲う。が、流は半歩体をずらして躱す。
しかしイルミスはそれを予測し、床に弾くように備前長船を∨の字に斬り上げ、流へと追撃する。
流の背後に迫る備前長船。流は悲恋美琴を背負うように、襲い来る備前長船を当てて躱す。
飛び散る火花。一瞬、それに目を奪われたイルミスは、〝ゾクリ〟と背筋に冷たいものを感じ、上半身をそらす。
そこには黒い残像が残っており、蹴りが鼻先をかするように飛んでいくのが見えた。
そのままバク転し、着地したと同時に、姿勢を低くして斬り込む。
「三連斬!!」
流の足元から、胴・喉と回転しながら三連斬を放つ。
それを悲恋美琴で丁寧にいなし、流も連斬を放つ。
「四連斬!!」
「チッ、まだですわ!!」
イルミスはギリギリ四連斬を放ち、それを迎撃すると、その場で流へと大上段から斬りかかる。
流もそれに応え、剣戟が積み重なる。一つ打ち合うごとに、飛び散る火花。
それが加速度的に増えていき、やがて床もそれに耐えきれずに円形状に傷が広がる。
(このままでは埒が明きませんわ! こうなれば致し方ありませんですわね)
イルミスは剣戟の一瞬の隙をつき、足に魔力を込め高く飛び上がると、そこから魔力の足場を形成。
真っ直ぐ落下せず、流を翻弄するように空中を移動し、流の背後斜め上から強襲する。
「その首もらいましたわ!! 床ごと消え去りなさい! 古廻流・薙払術! 岩斬破砕!!」
巨石おも砕く岩斬破砕は、流を完全にとらえる。逃げ出すことは不可能なタイミングで、イルミスは岩斬破砕を繰り出す。
それを流はうす赤い瞳で睨みつけ、一言ひねり出すように呟く――「鑑定眼」と。
直後、岩斬破砕は流へと当ったのか、盛大に床が爆散する。
それを見たイルミスは、口角を上げて歓喜の声で叫ぶ。
「殺りましたわ!!」
もうもうと眼下に広がる残骸の煙。その中央は見るも無残にエグレており、生命の存在を許さない。はずだ、が――。
「惜しかったなぁイルミス。だが……お前は致命的なミスをおかした」
「な、なぜ!? あのタイミングなら逃げることは不可能なはずですわ!!」
煙の中から響く声。不敵に、大胆に、そしてあざ笑うように両手を広げ瓦礫の中に立つ。
その漢の中心よりさらに前。そこにイルミスが放った岩斬破砕に、かぶせるようにもう一つクレーターが出来上がっていた。
つまりこうだ。流は迫る岩斬破砕が着斬する刹那、鑑定眼で見極めた床の脆い部分。
さらに下の土台ごと狙い、「岩斬破砕」を撃ち込む!
それにより下部から爆発するように、衝撃が上部へと伸び、イルスミが放った岩斬破砕を相殺したのだ。
「ありえないですわ! それに一体、わたくしが何をミスしたと言うのです!?」
「ミス? そんなチャチなもんじゃあない。なぁ美琴クン」
『イルミスさん、それはね〝禁句〟なの。それを言ったら負けちゃうんだよ?』
「何を……何を言っているのです!? 意味が分かりませんわ!!」
「ならソイツをこれから教えてやる。たっぷりとその体に、な?」
ありえないとイルミスは、左手を大きくふる。その瞳は怒りに震えており、それが流へと向けられる。
そんな事など知ったことかと、流はこの無駄話の間に溜め込んだ妖力を、惜しげもなく次の業へとつぎ込む。
その異常さにイルミスは即座に気がつくが、すでに時は満ちていたのだった。




