344:油断
だが、勝利確定!! と思うほど心は若くもなく、お調子者ではないレッド・ドラゴンは気を引き締める。
まだ奴らの無残に飛び散った死体を見ていない。いや、それよりも確実な死を! と。
だからこそ、いまだ吐き続ける「自称炎な水のブレス」を、とめるようなマネはしない。
(あの生意気なラーマンと、人間? がどうなったかは知らぬが、ここでブレスをやめるほど慢心してはおらん。ならば我のとる道は一つ! このまま地形すら変えるほどの、ブレスを吐き続けるのみよ!!)
そうレッド・ドラゴンは思うと、さらに吐き出す力を込める。それは不退転とも言える攻撃であり、ブレスをすぐにやめる事は本竜ですら不可能なものだった。だが――。
(な、に? 何だと!? そんな馬鹿な、一体何が)
水と土の爆煙の中から突如現れる、蒼い物体。その速度は驚くほど早く、そして。
(なぜ『炎のブレスを駆け上って』これるううううう!?)
嵐影は驚くべき行動に出た。それはレッド・ドラゴンが吐き続ける、水のブレスを嵐の鉤爪に流の妖力を纒い、駆けの上がり迫ってくる。
それを可能にしたのは流の妖力で足をガードしているからだが、それ以上に嵐影は特殊個体になり、荒行(?)をした成果と「水との相性が最強」と言う理由からだ。
流もその話を聞いた時は驚いたが、嵐影がやってみたいから信じてと言う。ならやるしかないと思った流は、その思いつきを快諾したのだった。
そんな冗談とも思える行為がうまくいき、現在これまた冗談のような光景がそこにある。
離れて見ているワン太郎などは、小さな口をポカンとあけて見ているほどだ。
やがてレッド・ドラゴンの直前、五メートル前にたどり着く。そこから飛び上がる黒い影――そう、流である。
流は上方からレッド・ドラゴンの頭目掛け美琴を振り下ろす、が。
(馬鹿め! 我には斬撃など通さぬわ、この防御術式がある限りはな!!)
先程その自慢の防御術式を破られ、怪我を負った事を忘れたかのように、その防御力に絶対の自信を持つレッド・ドラゴン。
この防御術式とは、生体固有スキルとも言えるものであり、常に水の力で守っている。
だから無意識に発動し、致命傷になるような攻撃は勝手に防ぐ。
しかし、先程攻撃が通ったわけは? それは初撃ほど完全といえるくらいには防げるが、短時間に何度も攻撃されると、それを維持できなくなる。
または予想以上の力で攻撃されると、それが突破されるというものだ。
突如頭上に防御術式が発動した感覚にブルリとする。それは致命傷になるだろう攻撃を、防御術式が防いだということ。だがしかし!
「キャハ♪ やっぱり防ぐのねぇ? でもその壁ぇ、まともなのは一枚だけでしょう?」
「L、ナイスアシスト! セリャアアアアアアッ!!」
Lが白の宝槍を背中へ投擲し、防御術式を破った刹那、流は鑑定眼で見えた首の一番弱い部分に渾身の斬撃を打ち込む。
だがやはり完全にはダメージは通らず、殴打と同じような感じになる。しかしたまらず、レッド・ドラゴンは真下へとブレスを吐くほどに首が曲がり、足元は盛大に吹き飛ぶ。
さらにここで嵐影が、ブレスが真下へと向くまえに大きく飛び上がり、眼下にはレッド・ドラゴンの背中が丸見えとなる。
「マーアアアアッツ!!」
嵐影は吼える! 流が離れた以上、妖気はもうすぐ霧散する。
その前に決着をつけんと、飛翔するように空中で三回転すると、渾身の力で右前足に力を込めてレッド・ドラゴンの側頭部を殴りつけたッ!!
目がくらむ衝撃、たまらずレッド・ドラゴンはブレスを吐いたまま、地面へとめり込むように長い首が勢いよく下がる。
当然そこは自分が吐き続けているブレスの衝撃が、恐ろしい反動で下顎からも打ち上がった。
後頭部から今なお全力で殴られ、下からは自分のブレスの圧で押され、極限の状態でついに防御術式も霧散してしまう。
「ガヴァアアアアアア!? ……ァ、ァァ……」
「よくやった嵐影!! やつの防御魔法も尽きた!!」
「マママ!!」
「仕上げだ――ジジイ流・薙払術! 巨木斬!! 【裏】」
流は本来無い型である【裏】を使う。これは流が自己流に編み出したもので、今回の場合は分厚い妖気を悲恋美琴に纏わせることで、斬撃よりも凶悪な殴打と言っていい業となる。
未だブレスが止まらないレッド・ドラゴンの左下顎から打ち上げるように、ブレスの衝撃ごとまとめて薙ぎ払う。
直後、鈍い〝ヴォン〟と言う音が響くと、やっとブレスが止まる。
「グガアアアアアッ……こ、これしきの事でこのレッド・ドラゴンが墜ちてたまるかアアアアア!!」
突如復活するレッド・ドラゴン。流は業を放った刹那の硬直と、足元の不安定さにつまづき気味になってしまう。
「――くッ、しまッ!?」
それが本能で感じたかのように、レッド・ドラゴンは見えない場所にいる流へ向けて、噛み付く。
巨木斬で打ち上がった首をムチのようにしならせ、勢いを付けてナイフのような牙が流へと、情け容赦無く降ってくるのだった。




