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342:ドラゴンという生き物

 レッド・ドラゴンはフと我にかえる。なぜ自分はこうも、人間ごときに恐怖しているのか、と。

 上空に目を向ければ、そこには龍人らしき娘がいやらしい顔で、自分を馬鹿にしているのが分かる。

 さらに目の前を周回しているラーマンなどは、レッド・ドラゴンたる自分を見ても恐怖すら感じていない。

 

「ありえない」


 そうレッド・ドラゴンは存在そのものを込めてつぶやく。

 自分は最強種族であり、その中でも上位の存在だと自負している。例え龍人が十数人いようと、自分なら勝てる。そう思うほどの力はあるはずだ。


「我は一体何者だ?」


 自問。その答えはすでに出ている。そうだ、自分は――。


「レッド・ドラゴンだ!!」


 自答。その瞬間だった。現実感の無い感覚が霧散し、怒りが皮膚に伝播するように真っ赤な鱗が、より真紅に染まる。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 怒りが咆哮となり、大気を震わせる。妖人(あやかしびと)と化した流でも、その咆哮の力には一瞬驚く、が。


「へぇ……赤トカゲの矜持。見せてもらおうじゃないか! 嵐影!!」

「マママ!!」


 以心伝心。流は嵐影の名を呼ぶと、それを理解した嵐影はレッド・ドラゴンの死角である、右斜め後方から急速に駆け寄る。

 そのままトップスピードで最接近し、背中の流が斬りつけやすいように猫のようにしなやかな体躯(たいく)を活かし、頭を地面スレスレまで下げた。


 流もそれを待っていたかのように、ニヤリと口角を上げながらレッド・ドラゴンの右足を斬り落とすために悲恋美琴に妖力を込める。


「まずは一本もらうぜ? ジジイ流・薙払術(ていふつじゅつ)! 巨木斬!!」


 巨木をも折るように斬り飛ばす、無骨な斬撃をレッド・ドラゴンの右脚へと放つ。

 それは確実に着斬し、右脚を斬り飛ばしたかと思った刹那。


「――なめ過ぎだ。レッド・ドラゴンをなああああああ!!」


 まるで咆哮のような叫びが、牙が生え揃う恐ろしい口から放たれた瞬間だった。

 右脚の前に突如魔法陣が出現し、巨木斬を防いでしまう。

 そのまま胴体まで、流が斬りつけようとしているだろうと予測した嵐影は、そのコースを今更変更が出来ないほどスピードが出ていた。

 だから目前に魔法陣の壁が立ちふさがる。流は「嵐影!!」と叫ぶと、それを理解した嵐影は、驚く行動に出る。


 なんと目の前の魔法陣を「蹴り飛ばす」ように前足をつけると、魔法陣表面を走り抜ける。

 どうやら完全に防御専用の魔法陣らしく、ダメージは一切無かったのが幸いだった。


「嵐影すまない。俺の予想が甘かった」

「マッ!!」

「そうか、ありがとう。さて……クソトカゲめ。少しはやりそうだ」

「マイ・マスター! そのレッド・ドラゴンは多分上位種です!!」


 十三メートルほどの巨体とは思えないような動きで、俊敏に流へと向き直るレッド・ドラゴン。

 その顔は先程とは違い、王者の余裕すらうかがえる顔つきである。


「人間よ、そんなものか? フン、期待ハズレもいいところだな」

「それは失礼。それじゃあ期待に応えて見せようじゃない」

「本当は我が恐ろしいのだろう? ではそろそろ口を閉じる時間だ」

「それには同意だ。お前も恐れを抱く時間だ」


 嵐影の体毛は逆立つように、頭部から尻尾までブルリと波うつ。

 それは背中の主人がお怒りだからであり、目の前のドラゴンなどは眼中にない。

 だがそれが合図になったかのように、流とレッド・ドラゴンは同時に口を開き――。


「「――余興は終わりだ、シネ!!」」


 どちらも凶暴な顔つきで、そう言い放つ。だが先に動いたのはレッド・ドラゴンだ。

 レッド・ドラゴンは、長さ四メートルの尻尾を横薙ぎに払う。

 それを嵐影は難なく斜め後ろへ、驚異的なジャンプで(かわ)し、着地した瞬間走り出す。

 方向は対峙するレッド・ドラゴンが、左向きに回転して尻尾で殴りつけて来たことで、嵐影から見て左側へと進む。

 

「ヘロ~コンニチワ、俺ナガレヨロシク!!」


 流はグルリと円を描いて戻る、レッド・ドラゴンの顔と感動の再開をする。

 そのまま、ヤツの顔。具体的には鑑定眼で見えた弱点。こめかみに向けて四連斬を放つ。


「ジジイ流・弐式! 四連斬!! 【改】」


 流の妖力を込めた四連斬、しかも弐式は溜め込み型であり、連撃ながらも一撃が重い。

 そこに流の妖力を込めた改ならば――。


「グガアアアアアッ!?」

「ッ、チィィィッ。あれを耐えるかよ!?」


 弱点であるはずの、こめかみにヒットしたはずの四連斬は、望んだモノにはならず、結果を見れば失敗したと言っていい。

 なぜなら、小型の魔法陣が出現しており、それで防いだようだ。


 だが――。


「クッソガアアアアアア!! 人間ごときが我に傷をつけるとは何事だッ!?」

「そんなものですんだ? ありえないだろう。俺は本気で入れたぞ」


 見ればレッド・ドラゴンの左こめかみ部分は裂けており、そこから青い血をながしているのだった。

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