322:アルマーク商会の闇
そんな二人を静かに見守るセリア。やがてどちらともなくセリアへ向き直ると、エルヴィスはセリアへ向けて先の感謝を述べる。
それにエルヴィスの部下たち、特に逃げれると分かって表情に出てしまった者たちは、セリアへと泣いて感謝したのだった。
「お前の部下はいいやつばかりだな」
「ああおかげさまでね。私にはすぎた者ばかりだよ。それでナガレはこれから何処へ行くんだ?」
「あぁ王都のお前の家に乗り込むつもりだ」
「……詳しく聞いても?」
「そのつもりだ」
流はそう言うとエルヴィスに席を勧める。それを遠巻きに見ていた飲食店や屋台の店主は、エルヴィスたちの分まで食事を用意してくれる。
どうやらエルヴィスは家柄をぬきにしても、この街の商人にとても好かれているようであった。
その後料理を食べながら事のあらましを説明するが、意外にも冷静にそれを受け止めているエルヴィス。
「そんな事があったのか……」
「ああ、それで俺はお前んちに乗り込んで、その娘を取り返しに行くところさ」
「はっきり言おう、私と祖父は全くあずかり知らぬ事だ」
「なら一体誰が今回のことを? かなり大掛かりな組織と見ているが」
「疑うのは分かる。そして話から間違いなくウチが関与している」
「なら残るは……」
「そうだ、私の父だ。より正確に言うと、父と姉の二人が黒幕だろう」
エルヴィスはそう言うと、持っていたアツアツのひき肉のパイを握りつぶす。
つぶれたパイは夏だと言うのに、湯気が出るほどの熱さのそれは、容赦なくエルヴィスの皮膚を熱で犯す。
だがその痛みを感じることより、父と姉への怒気が強く、やけどした右手を震わすのだった。
「エルヴィス……これを使って」
「っ、ありがとうございますセリア様。魔具で冷やされた手ぬぐい、心地よく癒やされます」
「お前も色々あるらしいな。せっかくのパイが台無しだ。ホラ、このムガムガワニの串焼きやるよ」
「ああ、私はこれも好物でね。かんだ瞬間ラムヤックの果実のような肉汁がほとばしる、そんな奇跡のような味、そして濃厚な野性味溢れる香りに負けない香草のハーモニーが、もう一口と奇跡をさらに昇華するのがクセになるね」
「お前は生きる食レポか? まぁいい、ほらもう一本やるよ」
エルヴィスは嬉しそうにそれをもらうと、両手で同時食いする。本当に好きなんだなと見ている者たちが呆れつつも、一本を食べ終わる頃にポツリと話し出す。
「父は……変わってしまったんだ。あの日、妹がオルドラから帰って来てからね」
「オルドラ? またあそこか……」
『本当にろくな事しないね、マッタク』
「ッ!? 今の声はどこから?」
「これ美琴さん、初心者を脅かすのはやめなさいな。この謎の声は、俺の最愛の相棒である、この刀が話してるんだ。気にしないでくれ」
『えーだって、本当の事ですしぃ。ブーブー』
「い、色々規格外なヤツだな」
「悪い、話の腰を折った。それで?」
「あぁ。そうだな、あれは私が駆け出しの頃だったか……」
エルヴィスは十年前の事を思い出す。ちょうどその頃、姉であるエリザベスがオルドラ留学から帰って来た。
同時期に祖父が引退を表明し、エルヴィスの父へと全権が譲渡したばかりであり、多少混乱していた時期だという。
そんな中、エルヴィスの父である〝カークス〟は、これまでの路線を大きく変更すると言う暴挙に出る。
アルマーク商会――それはこの国、バンディア王国ならず、ここ十年で一気に世界規模まで、のし上がった企業である。
その裏にはカークスの強引と言うのも生易しい、限りなく黒に近いグレーゾーンを躊躇なく行った結果だった。
無論それは「表の事」だけであり、裏では黒も黒。夜の帳より尚黒い、悪事を平然と行っているという。
「それを国は取り締まらないのか?」
「無駄さ、この国の王室は腐ってしまった。いや、元々腐ってたところに、親父がさらに腐らせて、取替しのつかない所まで来てしまっている」
「そこまでか……」
「ああ、もうこの国はおしまいだ。これから王都へ行くのだろう? なら一緒に行こう。道中見せたいものがある」
「寄り道している時間は無いんだが?」
「問題ない、私を誰だと思っている。この国の裏と表を知る商人だぞ? 逆に近道となるさ」
「そうか、そりゃ心強い。さて、うまい飯も食べたし、そろそろ行くか!!」
流の言葉に全員がうなずく。エルヴィスの部下がすでに出立の準備を整えてあり、その報告へと来る。
その中にセリアには嬉しい内容も含まれていた。
「まぁ!! それじゃあ私達の鎧も回収して来てくれたの?」
「はいセリア様。あちらの馬車へと積んでありますので、出立前に装備のほどを」
「ありがとうエルヴィス。みんなも自分の物を装備なさい」
「「「ハッ」」」
「それはそうと、エルヴィスや。ワシらは馬車を護衛しとる時間は無いぞ?」
「ルーセントさん、その心配にはおよびませんよ。品はすでに処分しましたので、このまま馬で行きます。オイ、馬を回せ!!」
エルヴィスはそう言うと、体躯の立派な馬を人数分用意する。それは軍馬と呼ばれるもので、その中でも最高級の個体ばかりを集めたものだった。
「フム、これはワシらの馬より、かなり高級ですなぁ」
「そうね、流石はエルヴィスと言ったところかしらね?」
「お褒めに預かり光栄です。では皆様、これに乗り換えて行きましょう」
なんとも手際が良いエルヴィスに、舌を巻く流たち。
そんな彼らを嬉しそうに見ながら、エルヴィスは出発の準備をするのだった。




