321:アルマーク・フォン・エルヴィス
その内容に明るかったセリアの顔は曇りだす。そしてメリサと水塔の別れにまで話しがおよぶと、目尻に涙を溜めながら流へと抱きつく。
「ナガレ!! 私はあなたがオバケでも大好きだよ!!」
『ちょ! だからすぐに抱きつかないでくださいよ!!』
「ぐぇぇくるしぃぃ!? のどにムガムガワニがふぉ!!」
「何をしてるワン……」
「……マァ」
「苦しんでる姿もステキです! マイ・マスター!!」
呆れる嵐影とワン太郎。その様子を見て絶妙なスパイスになったのか、食事が進むL。
それらを見て今日の苦労が報われたとばかりに、ルーセントたちは笑い合うのだった。
「――それでここへ来たワケね。でもナガレが悪いわけじゃないでしょ? だからそんな顔をしないでよ。ね?」
「あぁ。そのあたりはもう割り切った。……なぁセリア。異世界をこの世界の人は信じているんだろう?」
「ええ。特にここ、トエトリー周辺の人達はみんな信じているわね。それがどうしたの?」
ナガレはその理由を話すか迷うが、セリアならいいかという思いで本当の事を話す。
「え……。そ、それは本当の事なの? いいえ、ナガレが言うのだからそうなのでしょうけど」
「ああ本当だ。俺は違う世界から来た普通の人間だった。それが一度死んだあと、コイツ……悲恋美琴の本当の主になった事で、人の体を捨て去ったのさ」
セリアはその言葉を黙って聞く。そして父、セルガルドの言葉「古廻 流は特別だ」と言うのを思い出し、それにうなずく。
「……ええ信じるわ。私ね、あなたを信じる。だから寂しい顔はしないで、一人じゃないんだから」
「セリア……」
見つめ合う二人。それを見て興奮するLとワン太郎は、ピンクフィッシュの唐揚げを爆食いする。
そして……美琴は微笑ましくも、寂しく見つめるのだった。
「おお!! こちらにおいででしたか!!」
突如叫び声が聞こえ、その方向を見ると先ほど見た顔がそこにあった。
それは、流を助けるために来てくれた男。アルマーク商会の嫡男、エルヴィスだった。
「ん、アンタはアルマーク商会の……」
「これはコマワリ様。先程は助けにならずに、すみませんでした。私はアルマーク商会の――」
「いや、挨拶はいい。来てくれたことに感謝はする。が、アンタ……何が目的だ?」
底冷えのする声でナガレは静かに話す。それに冷や汗が吹き出る一同であったが、エルヴィスは顔色一つ変えずにそれにこたえる。
「その質問に答える前に、まずはつづきを。私はアルマーク・フォン・エルヴィスと申します。それでご質問の答えですが、私はあなたに命を救っていただいたも同然。聞けばリザードマン共の動きが鈍くなったのも、その後の事もあなたの活躍のおかげだとか……なら」
「なら?」
「私は貴方の味方です」
そうエルヴィスは答えると、静かに頭を下げる。その後すぐ顔をあげ、その真っ直ぐな瞳に流も押し黙り、エルヴィスの次の言葉を待つ。
「何やら当方がお気に召さないようですが……何かございましたか?」
自信たっぷりな表情からの、この言葉である。さらに困ったような愛想笑いが実に素直で、なんともいい男ぶりであった。
「ぷっ。ハッハッハ! あんた、その表情が演技だとしたら、アカデミー主演男優賞ものだな」
「え~っと……よく分かりませんが、言葉の感じ的に権威ある賞らしいですね」
「ははは、まぁそんなところさ。俺は古廻流、アルマーク商会に深い恨みを持つ漢だ」
流は何も隠すこと無く、嫌味なく、現状をあるがまま、ストレートな自己紹介をするが。
「これは……そうですか。コマワリ様も当家の被害に。しかもただならぬ思いも受け取りました」
エルヴィスはそう言うと、流の瞳をまっすぐに見つめる。そして――。
「申し訳、ございませんでした」
「あんた……」
実に迷いなく、見事な姿勢で頭を下げる男。その部下たちも背後にいたが同じように頭を下げる。
その姿を広場にいた客や、商店の店主たちが何事かと見守るが、エルヴィスたちは気にする素振りすらみせず頭を下げ続ける。
敵ではあるが、この国一番の商家の嫡男。しかもこの若さで恥も外聞も気にせずに、即座にこの対応をするエルヴィスと言う男に、流は直感で深く感じ入る。
「頭をあげてくれエルヴィスさん。まぁ、あんたの家に恨みはあるが、あんた個人には無い」
「そうですか、ありがとうございますコマワリ様。そう言っていただけて、ほっとしております。これから良きお付き合いが出来れば……よろしくお願いいたします」
「あんた個人となら、それはいいさ。ただ一つ注文がある」
「注文……で、ございますか?」
「ああそうだ。なに、なんの事はない。ただエルヴィスさんの本心で付き合ってくれればいい。そのかしこまった態度も抜きにしてな」
「あはは。バレましたか。しかし良いのですか? 私は貴方の敵かもしれませんよ?」
「かまわないさ。それで騙されたら、俺の目はその程度だってことだろうからな」
エルヴィスはその言葉と、初めて見る底が知れない瞳の奥に引き込まれてしまう。
それに呼応するように、美男子に似合わない男臭い笑みを浮かべると、右手を自然に差し出す。
「どこまで見えているのやら……極武の英雄には敵わないね。よろしく頼むよナガレ。私の事もエルヴィスと呼んでほしい」
「ああ、こちらこそよろしくな、エルヴィス」
流も立ち上がりエルヴィスの手を取ると、固く握手をするのだった。




