309:西洋式せっぷく?
「ッ!? 総員お嬢様を守れ!!」
「まぁ待ちなさいよ。私もああ言うのと戦って見たかったのよ」
「なにを――」
「待ってルーセント。それにね、今後はああ言うのと……そう、戦わなきゃいけない気がするの。ナガレと会ってそれが確信に変わったわ。だから少しだけ見ていて、ね?」
そう言うとセリアは走り出す。焦るルーセントは、その後を追うがセリアの脚力の方が早かった。
互いに速度を緩めず突っ込む。死人の娘は首を抱えたまま、縦回転するとセリアへ踵落としをしかける。
とっさに剣で受け止めようとする。が、背筋にゾっとしたものを感じ、セリアは体を斜め前に移動しながら、剣で落ちて来た足を斬り上げる。
「グッぅ! なに、それ!?」
セリアが斬り飛ばした足の肉塊からムカデのような虫が這い出てきて、落ちた足を貪り食った瞬間、足がグロテスクに生え戻る。
その光景に気持ち悪さを感じながらも、先程の攻撃を受けなくてよかったと確信する。
(あれを受けていたら、きっとあの虫が私に……だけど、今ならッ!!)
まだ完璧に生え戻らない今ならと、セリアは獣人の娘に向けて袈裟斬りに剣を振り落とす。
バランスを失っている獣人の娘は、その斬撃を左肩から斜めに斬られて背後へと倒れた。
普通ならそれで喜ぶものだが、セリアも戦場を駆けている娘である。その違和感に気が付き油断なく倒れた獣人の娘を見ていた、が。
「お嬢様! 危ない!!」
「え……?」
セリアの目の前の獣人の娘は相変わらず倒れたままであり、動こうともしない。それを確認した刹那、上部に暗い影が落ちてくる。
ハッして上を見ると、獣人の娘が口からムカデを〝モッサリ〟とウネらせて落ちてくる。
「しまっ――」
セリアはそれを避けるために、背後へバックステップで躱そうとした瞬間、足首をナニカに絡め取られる。
見れば倒れた獣人の女から虫が這い出ており、それがセリアへと絡みついて動けなくしていた。
「お嬢さまあああああああ!!」
「「「セリア様あああああああ!!」」」
ルーセントと騎士たちの声が重なる。が、すでにどうしようもない状況であり、ただ叫ぶ事しか出来ない己の無力さを恨む。
「くぅぅ!? ――ぇ」
「ふぅ~。間一髪で間に合ったワンねぇ~。あ、感謝は〝ちゅ~りゅ〟でいいワン?」
「ワンコちゃん!!」
見れば獣人の生首も、足元の黒い虫も両方とも凍っており、首にいたってはセリアを包むように展開した氷のドームに弾かれて転がっていた。
「だからワレは犬じゃなくて――あっぷぅ」
「助かったよ、ありがとうワンコちゃん♪」
「く~る~しぃ~!! 放すワンよ~」
「ふぅ……冷や汗ものでしたぞお嬢様。そして助かった。例を言うワンコ殿」
「だからぁ、ワレは氷狐王って名前があってね? 王様でエライんだワンよ」
「はぁ、王様ですか?」
「そうだワン! あるじの下僕の恐ろしい狐娘に呼び出されて嫌々来てみたら、そこは異世界だったんだワン……かなしぃ」
セリアに抱かれて泣きながら、意味のわからないことを言う子犬に困惑するも、助けてもらった事でセリアも落ち着きを取り戻す。
「よくわからないけど、大変だったねワンコちゃん。あ、そうだ。ナガレは大丈夫?」
「ん~。そろそろマズイかもしれないワンねぇ。あの小物が、あるじを処刑する準備が整ったのを、ここに来る前に見たワン」
「なんですって!? こんなに早く処刑するなんて!!」
「お嬢様。ここに五名残し、憲兵に処理してもらいましょう。あの死体がいつ動くかわかりませんからな」
「それは大丈夫ワン。ワレが氷を解かない限り、何年もあのままだワン」
「それはすごいですな……では見張りも兼ねて三名は待機。その後城へと死体を運びいれておけ」
「「「ハッ!!」」」
セリアはそのままワン太郎を抱きながら走る。一瞬、氷狐王になって運ぼうとも思ったが、この程度の強さでは恐怖に負けて、恐慌状態になられても困ると判断したワン太郎はそのまま抱かれることにする。
「じゃあナガレはイズンを気絶させたのね?」
「そうだワン。正確には女幽霊の刀に住んでる、恐ろしい亡霊が脅かして気絶したんだワン」
「ひぅ!? コワイ……」
「お嬢様、先程克服したとか言っておったでしょう」
「だ、だって聞くからに怖いじゃない……ってそれどころじゃないわ! 急がなきゃ」
そんなセリア達の事など知らず、流はイズンに処刑台へと連行される。
見物人達も特別に駐屯基地へと招き入れられ、その刑が執行されるのを今か今かと待ちわびる。
「おお!? 噂のギロチンってコレか!! 付喪神が取り付いたら、ヤバ凄いのが出来そうだ!!」
『もぅ何感動しているんですかぁ……』
『『『おおお~西洋式切腹!!』』』
『アナタ達も感動しないで! そりゃ切腹も最後は首を落とされますけど、大体コレは切腹しないでしょう。もぅ』
まともな存在じゃない美琴が、一番まともに見えてしまう不思議。異世界ってすばらしい。
そんな美琴が気苦労を重ねている間も、準備は着々と進む。
「くッ、すみませんナガレさん。しかしいざとなったら、私達二人で逃しますので、そのつもりで」
「その言葉で十分だよ。それに……あんなものじゃ俺を殺せないしな」
そう言うと流はニヤリと口角を少し上げる。それに少し恐怖を感じながらも見つめる隊長二人。
やがてイズンが二人分のギロチンの用意が出来たと、報告を受けて喜んでやって来るのだった。




