306:割れる思い
セリアが祈りを捧げていると、遠くから怒鳴るように指示を出す声が聞こえる。
どうやらセルガルドの代わりに、長兄のアーセッドが慣れないながらも頑張っているようだった。
「お嬢様が男で長男なら良かったと、今回ばかりは特に老骨に染みますのぅ」
「どうせ中身は男みたいと言いたいのでしょう? まぁその通りですけどね……と、来たようね」
「セリアちゃん!? 良かった無事だったか!!」
「おかげさまで。それより父上は大丈夫なのですか?」
「ああ命に別状はない。が、意識を失われている。全景探知の魔具に使われていた真核が突如爆発したのだ。その余波に巻き込まれてな……」
「そうですか……まずは堅牢な謁見の間へ向かいましょう。話はそれからです」
「あぁそうだな。ではお前達、進め!!」
「兄上。このような時は、もう少し肩の力を抜いて自然に。兵が気疲れして疲弊していまします」
「そ、そうだな。うむ、では行くぞ者共」
そんな頑張っている長兄を見ると、応援したくなるセリア。だが補佐をしてくれる人材も乏しく、ルーセントを付けようと考えチラリとその顔を見る。
見越したように「死ぬまでご奉公いたしますがね」と言われ、ウインクをされてしまう。
まったく顔芸の達者な御老体だと苦笑いをうかべ、セリアたちは謁見の間へと戻る。
ちょうど戻った頃に、救護班が到着しており治療用の器具や、結界師が守るように魔法を発動していた。
「いいタイミングね。兄上、父上を円卓の上に」
「そうだな。おい、父上を円卓にお乗せしろ」
「ハッ! ぁ、セリア様! セルガルド様が気が付かれます!!」
「馬鹿者! 私じゃなく、兄上に報告なさい」
「し、失礼しました!!」
「いやいい。俺よりセリアちゃんの方が、指揮官としてよほど優秀だ。みなもセリアちゃんの言うことをよく聞くんだぞ?」
「「「ハッ!!」」」
「もう兄上ったら……」
「俺は文官が性に合っているからな。おっと、父上が目覚める」
治療師が魔法と器具を使い、治療をしたかいがあったのか、ゆっくりと目覚めるセルガルド。
目の前には愛しの二人の息子と娘がおり、不出来な二人がいない事に少し寂しさを覚える。
「――うむ。爆発の余波でやられたデスカ?」
「はい父上。賊は殲滅しましたが、詳細は現在調査中です。心安んじておやすみを」
「うむ。よくここまで頑張ったなアーセッド。流石私の息子、まずは城の完全封鎖をするデスネ。セリア、古廻 流はどうなっているデスネ?」
「まだ連絡は来ません」
「そうか……お前はここから離れる事は許さんデスネ。父の側にい――」
「セルガルド様、再び気絶なさいました」
「治療師長、父上は本当に大丈夫なの?」
「はい、一時的な魔力の枯渇からくる中毒のようなものかと。話を総合しますと、魔核の爆発により周囲の魔力を巻き込んだのが原因です。近くにいたセルガルド様が魔力を吸われる形で、被害を受けたのでしょうな」
「そう、なら安心ね。兄上……」
「分かっているさ、セリアちゃん。行くんだろう?」
「ええ。実は先程伝令に走ったヨルムは、この騒ぎで動けない状態で見つけました。さらにその中で令杖も紛失し、伝令がいない状態です。この混乱の中、代わりのものに状況を説明して向かわせるより、私が直接出向いた方が早いですからね」
「そうだな。では頼むよセリアちゃん。父上はああ言ったが、俺はセリアちゃんを支持する。だが下まで送る余裕はない。どうする?」
「そこはなんとかします。兄上は城の封鎖を最優先で」
「わかった、そちらは任せておけ」
セリアはそれに頷き、ルーセント達を連れて部屋を出るために扉へと手をかける。
そこでふと思い出し、今回感じた確信的な事を、アーセッドへと伝えるために部屋へと戻り、そのまま彼を部屋の端まで連れて行く。
「どうしたセリアちゃん? お兄ちゃんが恋しくなったか? ま、まさかいけないよ、セリアちゃん!? 俺達は兄妹なんだー!!」
「? ふふ兄上が恋しいというのもありますが、一つ兄上のお耳に入れたいことがあります。それは――」
アーセッドがいない間の事、その前にあった事。その違和感を二人ですり合わせ状況を整理する。
「……確かに言う通りだと俺も思う。やはりセリアちゃんはイッヂが内通者だと?」
「そこまではまだ……。それに判断材料が足りません。あくまで状況証拠といったところです」
「なるほど、分かった。俺の方もこれ以上やられないように、気を引き締めておく」
「はい、よろしくおねがいします。では行ってまいります」
見送るアーセッドは、溺愛する末の妹のたくましさに涙腺が崩壊しかけたが、頑張ってこらえる。
逆にこの大事な局面で、逃げ出した弟と妹を思えば怒りがこみ上げる。そして両手を握りしめ、父の姿を確認しつつ独りごちる。
「イッヂ、エメラルダ。お前達の本心はどこにある?」
円卓で二人が座っていた場所を睨みつけ、悲しくも怒りに満ちた瞳で二人の事を思うアーセッドであった。




