302:アイヅァルム城
一方その頃、セリアたちは東門を抜けアイヅァルムへと入る。門番にはその格好に酷く驚かれたが、緊急事態という事で即座に開門の後に通される。
セリア帰還の報を受けた東の守将である老練の女、「バーバラ」が出迎えに来たことで、セリアたちは一息つく。
バーバラは左目に眼帯をはめ、白髪から伸びるおさげを左右で綺麗に整え、残った黒い右目をギラつかせながら、海賊のような衣装で歩いてくる。
「セリア様!! また無茶したもんだねぇ? 報告を聞いた時は死ぬほど焦ったじゃないかい」
「すまないバーバラ、また迷惑をかける」
「なんのなんの。それより……何やってるんだいアンタ!! 聞いた話じゃセリア様と心中しようとしたそうじゃないかい? 馬鹿なのかい!!」
「そ、そう怒鳴るなよバーバラ。ワシはお嬢様に弱いんじゃよ、な? 夫婦のよしみじゃ、ゆるしてくれよ」
「まったく、事が収まったら庭の草むしり一人でやるんだよ? いいね!?」
「うぐぅ!? 分かった、それで手を打とう。それで用意は?」
「誰にモノを言ってるんだい? ほら、もうすぐ来るよ」
東の大門へと向けて茶色い影があちこちから集まってくる。見ればラーマンであり、それが見たこともない速さで迫ってきていた。
「おい、斥候魔法で状況を知っていたらなぜ馬を用意しておかない!?」
「馬鹿だねぇアンタ。いいかい、ラーマンは最強さ。アンタは昔から馬派だったけど、ここらでアイツラの力ってのを、味わってみるといいさ」
「クッ、この性悪がッ!! お嬢様時間がありません、ここは仕方ないですがラーマンで行きましょう」
「……いえ、ルーセント。多分これが正解なのよ。ナガレは何に乗ってきたか忘れたの?」
そうセリアに言われて、見たことのない色であったが、たしかにあの男は青いラーマンに騎乗していた事を思い出す。
もしやと言う思いと、時間が無い事を考え嫌々ながらも騎乗する。
「そうですな、今はラーマンで急ぎましょう」
「ハン。うちでもそのくらい素直だと助かるねぇ?」
「うるさいわ!! では参りましょうお嬢様」
「ふふ、もういつも仲良くて羨ましいわね」
「「頑固者と居ると苦労ばかりですよ」」
思わず同じセリフを言う二人にセリアは笑う。そんなセリアを見る夫婦は、実の娘のようで本当に大切に思うのだった。
「むぅ……これは本当にあのラーマンなのですか……」
「ええ驚きね。まさかここまで早いとはね」
二人のが言うのも当然だった。普段は人の走るほどの速さしか出さないラーマンであったが、今は人を機敏に避けて走る。
さすがに嵐影のように屋根を走ったりは出来ないが、その速度はかなり早く、馬で移動するより確実に早かったのだから。
やがてアイヅァルムの中心部にある巨大な塔、通称『城』と呼ばれる場所へたどり着く。
この城は全長一五〇メートルほどで、クコロー家がそこに住んでおり管理をしている。
その塔の役目は外敵からトエトリーを守るためにあり、遠くからの進軍にいち早く察知出来るように作られている。
つまりは巨大な魔具であり、本来ならリザードマンの襲撃などは事前に分かっていたはずだった。
「いつ見ても不快な城ね。まるで鳥かごみたい」
「そうおっしゃいますな。泊もお嬢様が大事ゆえに、城で生活してほしいと思っているのですから」
「でもねぇ……はぁ、まあいいわ。それより今回の事、どう思う?」
「ですな。城の防衛機能がまったく役に立たなかった……今頃城は大騒ぎでしょうな」
「ええ、本来の役目ができないなんて、本末転倒もいいところだわ。ただ裏切り者がいるのは間違いなさそうね?」
「それは確実かと。まだ公ではありませんが、目視で確認できるまでトカゲ共の接近が分からなかったのですからな」
セリアたちは城を見上げる。いつもと変わらず最上部分から青い光が放たれていた。
それは最上階にある魔具、「全景探知」と呼ばるものであり、それが作動している光である。
効果はトエトリーを含む、半径二十キロメートルを索敵し、大規模な生物の移動が無いかを探知するものだ。
「ここで不快な城を見上げていても始まらないわ。じゃあ行きましょう」
「ですな。全員何があっても即応出来るように待機。五人は付いて来い」
「「「ハッ!!」」」
セリアの騎士たちはバラバラに散っていく、まるで町人に溶け込むように……。そして残り五名はセリアの後ろへと付くと、背筋を伸ばして歩くのだった。
城を囲む高さ十メートルほどの壁伝いに歩くこと数分。目的の正門が見えたところで、セリアは門番へと声をかける。
「お役目ご苦労さま。父上はおいでかしら?」
「セリア様!! セルガルド様がお待ちです。戻られたら謁見の間まで至急おいで願いたいとのことです!!」
「父上が私に……? 分かったわ、ありがとう」
門番に礼を言い、そのまま城へと入る。一階は広いホールのようになっており、入り口より少し進むと上部へと上る魔具が六台備え付けられている。
その昇降魔具に乗り込み目的の階層である二十階へと上る。
「ねぇルーセント、おかしくないかしら?」
「さようですな。泊がお嬢様を謁見に呼び出すなどと。しかもこの緊急時、何かあったとしか思えませんな」
「……匂うわね。あなた達五名は途中で降りて情報収集。そして異常があれば二名が知らせに来ること。残りは脱出の用意を」
「「「ハッ!!」」」
「文句のない指揮ぶりですな。さて……何が出ることやら、老骨も震えが来ますわい」
「ルーセントが震えるくらいなら、まだ安いものよ」
「違いありませんな。ハッハッハ」
(ただチャンスでもあるわ。どうやって会おうかと思案していたけど、向こうから呼び出すなんて……)
不安を柔らかくするルーセントの気遣いに感謝しながらも、セリアは上部で待つ父の考えに心がざわめくのだった。




