292:一瞬触発
「馬鹿めえ!! あんな小鳥でこのワシをどうこう出来るとおもうたかあああ!!」
「思わないさ、なぁ天女ちゃん?」
口元から緑の吐息を吐き出しながら、エルギスは流に向けて勝ち誇る。
が、地上の男が自分の真上を指差しながら、それをエルギスの方へ向けた時に異常に気がつく。
紫の薄絹を涼しげにまとわせ、薄い桃色のひらりとした服を着用した色気に溢れる女が、自分のすぐ真上にいた。
エルギスはその事実に一言、「――なあッ!?」と言うのが精一杯であった。
それを実に優しげに見つめた刹那、妖艶な天女は自愛溢れる微笑みでエルギスの翼をなでる。
――龍人の翼は飾りのようなものだ。羽ばたき、数メートルは飛び上がる事は出来るが、そのまま飛べるワケではない。その翼に魔力を纏わせる事で飛行し、最終的には羽ばたかなくても空中に静止できる。
天女に触れられた瞬間、翼に纏わせていた魔力が霧散し、落下が始まる。焦るエルギスは、再度翼に魔力を込める、が。
「なぜ!? なぜ翼に魔力を込められんの――ひぃぃぃッ!?」
「――――――नमस्ते」
妖艶な天女がエルギスの背後から、覗き込むように何かをつぶやく。それに歴戦の武人であり、龍人の将軍たる男が狼狽しながら落下する。
その顔は恐怖に取り憑かれ、骨の髄まで凍りついているかのようであった。
それもそのはず、あの慈愛溢れ慈しみ深い顔は消えていた。今はハエを見るより冷酷な表情で、意味の分からない言葉を投げつけられたのが心底恐怖だった。
「や、やめろ!? そんな顔でワシを見るなああああ!!」
地上より二十メートルからの落下と、意味不明の存在の恐怖で一瞬パニックになった瞬間、背後よりその存在が消え失せる。
それでもまだいるのでは無いかと、首を限界までひねり後ろを確認するエルギス。
しかしそこには誰もいなかった。それで一気に安堵し、魔力を込めなおそうと前を向いた瞬間――目の前に〝冷酷な天女が口元だけ歪め逆さまに〟落下してた。
「ひゃああああ!? 何なんだキサマ!! ナメルなあああ!!」
エルギスは背中の翼に魔力が戻るのを確認出来たことで、一気に恐怖心が薄れる。
それと同時に将軍としてのプライドも復帰し、目の前の怪異に立ち向かおうと鉾に魔力を込める、が。
「おい、羽トカゲ!! よい空の旅をな!!」
「キサマなにを言って――」
地上の叫んでいる男に、一瞬視線を向けただけだった。ふと気がつくと、目の前の怪異の手に大鎌が握られているのに気がつく。
「ぎゃああああッ!?」
それを見た瞬間、袈裟斬りに鎧ごと切断され、血飛沫を撒き散らしながら落下する。
だが内蔵までは届いておらず、傷はそこまで深くないようであり気力で翼に何とか魔力を纏わせ、地上への落下はギリギリ回避するが着地には失敗する。
その衝撃で体が硬直した瞬間、首筋に感じる恐ろしいほど冷たい感触。それはあの不遜な男が持つ剣だった。
「よう、良い空の旅は出来たようだな」
「ぐぅぅ、クッ――殺せッ!!」
「おっふ、やめてくれ。それはセリアで間に合っているし、ヒゲ面に言われても需要がない」
「クソっ!! 馬鹿にしおってえええ。こうなったらキサマごと――」
「そこまでだ、エルギス!!」
突如響く若い男の声。見れば赤い髪に、美しく威圧溢れる片方の角を持った男、レッドがこちらへと歩いてくるのが見えた。
「殿下!? ご無事でしたか!!」
「この顔で無事かどうかは自信は無いが、な」
「殿下さえご無事なら、我ら全員でかかればこんな男なぞ!!」
レッドはニヤリと口角をあげ、流の前へと進む。
龍人の強者の一騎打ちは、基本邪魔をするのは好まれない。だから空の龍人達はそれを黙って見ていたが、レッドが参戦すると知り一気に沸き立つ。
「おお!! 殿下が参戦なさるぞ!!」
「このままでは龍人の名折れ、この街ごと破壊してくれるわ!!」
「二番から五番隊は突撃用意!! エルギス様の命令で街へと向え!!」
「殿下の無念は必ず我らがッ!!」
『『『オオオオオ!!』』』
もはや火のついた松明をガソリンに投げ込む寸前のような、いつ爆発炎上してもおかしくない、一瞬即発の事態。
そんな危機的な状況でも、眉一つ動かさず状況を見ている流に、冒険者や騎士たちが動揺する。
「巨滅英雄、いや、ナガレ! どうするんだ!? とてもじゃないが、もう無理だ!! 今すぐ街へ避難指示を!!」
「そうだ、お前だけならいけるはずだ!! 一刻も早く戻りトエトリーへと避難させねば!!」
冒険者と騎士の一部がそう叫ぶ。だが騎士団長のルーセント、冒険者のリーダーのエドは微動だにしない。
その視線の先には、ジャジャ馬姫ことセリアが、落ちつた顔で想い人を見つめているからだ。
だがレッドはそんな事に構わず進む。やがてエルギスと流の前に割り込む形で入ると、いつの間にか目覚めたのか、ゾーランと呼ばれた青髪の人物も歩いてくる。
ゾーラン……もといレティシャは、黒い執事服のようなモノを着こなし、龍人の誇りたる右の角が綺麗に無くなっていた。
だがそれを気にする様子もなく、レッド隣に立つのだった。
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