291:漢は煙の中で女を口説く
曲刀のような刃先を持つ鉾を片手に、全力で落ちてくる龍人の男。その姿は見るだけで体が萎縮するほどの迫力があった。
そして流のすぐ目の間に着地すると、わき目もふらずにレッドの元へと駆けよる。
「レッド殿下!? このお姿は一体何事でございますか!! ああああああ!! おいたわしや……なぜこのような惨事に」
「あ~スマン。それ、やったの俺。優しく撫でただけだから、そのうち起きるだろ」
突如背後から聞こえた声に、エルギスは〝ピクリ〟と全身を震わせる。
そしてゆっくりと立ち上がると、振り返りながら震える指先を流へと向ける。
「ワシの聞き間違いかな? レッド殿下がキサマのような輩に嬲られた……と?」
「その質問に答えるまえに、その殿下とやらが『やらかしたこの惨状』をどう思う?」
「愚問。龍人と言う存在は、全ての摂理に優先される。すなわちそれが人の死であろうが、『だからどうした?』と言うことだ」
「やれやれ、龍人とは馬鹿が羽生やしてる生き物の総称なのか? 『理』が何かも知らず、摂理を語るな。いいか、悪いことをした。だから今そうなっている。分かるな?」
「……不遜なり、人の子よ。力が全てだと矮小なその身に刻み込んでシネ」
すでに悲恋へと戻った美琴を片手に、流はゆらりと歩き出す。上空ではエルギス様と叫ぶ龍人の事などほっておいて、にらみ合う二人。
龍人の男、エルギスは龍の口から生えているような鉾を流へと向け魔力を込める。
それに呼応するかのように、流もまた妖力を込め始める。
対峙する二人。その力だけが、青天井のように積み重なると思われた瞬間だった。
同じタイミングで踏み込む二人。まず流が左下から右斜め上へと斬り上げ、それを鉾の最も下の部分である石突きで器用に跳ね飛ばすエルギス。
そのまま弾かれた美琴に体を預け、勢いのまま左足でケリをエルギスのアゴへと食らわしたのを、状態をそらして躱す。
エルギスはそのまま鉾を打ち下ろし、縦に真っ二つにするように一閃。
それを右回りに回転しながら美琴の刃で滑らせて、地面へと鉾を誘導しめり込ませる。
瞬間、地面が爆発するように破裂し、視界が一瞬失われた二人は別々の行動にうつり、エルギスは空へ。流はそのまま土煙の中でたたずむ。
「土煙に紛れようと、この龍人から逃れられるとでも思ったか? マヌケめが」
「なぁ、頼むよ。いいだろう? ちょっとでいいからさぁ、ええ? 恥ずかしがるなよ」
「フン、同じ位置から気配が動かぬとはな。臆したか!?」
「いやいや、大丈夫。可愛いからさ。いつも見ている俺が言うんだぜ? 間違いないって」
龍人は視力もいいが、聴力も優れている。だって龍人だもの。
「……キサマ、一体何を言っておる!?」
「そりゃキモチワルイのは分かる。暑苦しいひげ面だけどさ、無駄に声デカイけどさ。お前がホンキになっちまったら、魅了させちまうだろ? だから、ちょっとだけその美しい顔を……な?」
「キサマああああああああああ!! 土煙の中で娘を口説いているのか!? なんと言う武人にあるまじき行為……骨すら残らず死滅せい!!」
エルギスは怒りのあまり開いた口が塞がらないように見える。そう見ていたドラゴンヘッドのアルばかりではなく、ルーセントや騎士たちまでそう思う。
この男は死地とも言える状況で、「セリアを口説く」とは正気の沙汰ではないと。
「な……何をしているんだ巨滅の英雄!! ジャジャ馬姫とイチャついてる場合じゃねえぞ!!」
「お嬢様!! そのような不埒な男から離れてください!! お子が出来たらどうします!? 汚れてしまいますぞ!!」
「「「団長そこですか!?」」」
エルギスは思う、ここまで人間共にバカにされたのは生まれて初めてだと。だからこそ、その怒りで開いた口の奥に、力を蓄積させる。
光る口内。それは緑色に輝きをまし一度口を閉じると、さらに震える大気を背負い静かに口を開く。
「ここまで馬鹿にされたのは生まれて初めてだ。あたり一帯、灰燼とかせ……消え失せろ! 緑雷口砲!!」
エルギスは〝ガバリ〟と口を開く、それもアゴが外れているしか思えない大きさでだ。
そのまま怒りが形になったかのような形相で、緑光の雷を吐き出す!
そのまるで緑色のいびつなレーザーとも言える雷撃が、流へと向けて容赦なく降り注ぐ。
「よかった、なら頼むぜぇ『天女ちゃん』よぉ? ジジイ流納刀術! 奥義・陸翔燕斬【改】!!」
流の頭上から直撃するコースの緑雷口砲は、いびつな光を放ちながら迫ること七メートル。
一気に美琴の鞘に妖力を込め、本来の鞘を吹き飛ばす事で威力を最大にするのを省き、手に持った状態で「妖艶天女」を召喚する。
天女は燕を引き連れ緑の雷撃へと楽しげに飛ぶ。それは恋する乙女が想い人の胸に飛び込むように、燕を――ぶん投げた!!
燕は「ギャアアア」と言うような顔で、緑の雷撃へ突っ込むと、そのまま食い破るように上昇する。
(何だ!? 鳥だと? ありえん!! だがッ!!)
エルギスはありえない状況に困惑しながらも、緑雷口砲を割りながら近づく銀鳥に〝ゾクリ〟とする。
このままだと押し負ける!? ありえないと思いながらも、それは確信とも言える力だ。
(フッザケルナアアアアアアアア!! たかが鳥如きに、この緑雷口砲が破られてたまるかあああああッ!!)
後先考えずに、エルギスは龍人のプライドを緑雷とかえ、さらにフルパワーで吐き出す。
やがてそれが尽きる頃、銀色の鳥が消失したのを確認し、エルギスは咆哮をあげるのだった。
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