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279:孫

 セリアはその戦果を見て赤色のドレスアーマー越しでも分かる、大きな胸が張り裂けんばかりの鼓動を感じる。


「やったか!!」

「いえ、まだですお嬢様。あれを」


 ルーセントが落ち着いた言葉でセリアに視線を促す。ぶすぶすと灰煙を上げるその向こう側から、さらに追加の兵が送り込まれたのが見えた。

 それを見た商人達は一時の喜びから、また現実へと引き戻される。

 あわよくば、あの一撃で恐れをなして撤退を期待したのだが、どうやら思惑がハズレたようだ。


「まだあんなに……クソッ」

「一体何匹いるんだ……」

「あきらめないで! まだこっちは被害を受けていないわ! あなた達は補給と、隙間から槍と弓で狙って!」

「そうだった、ジャジャ馬姫様がまだあきらめていねえのに、俺たちがそんなんでどうする!!」

「バッ! おま、なんて事を口走ってる!?」

「あ!? そ、その、あの、すんませんでしたああああ!!」


 ジトリとした目で睨むセリアに、失言をした男が震える目で謝る。それを見たセリアはニタリと口角を少し上げ、男へと告げる。


「絶対に許せないわね。許してほしければ、この戦いの後に一杯おごりなさいよ?」

「そ、そりゃっあ何杯でも!! なぁお前ら!?」

「お嬢さんの気の済むまでお付き合いしますとも。だが勘定はお前持ちでな?」

「そんなぁ……」


 失言をした商人の男はガクリとうなだれるのを見て、全員こんな状況なのに笑いがこみ上げる。

 それを見たセリアは、緊張がほぐれたのを確認し、内心安堵する。


(よかった、ここで萎縮されたら守れるものも守れない。どうか……)


 セリアは町からの増援より、なぜか龍人が落ちた場所に期待の思いを向ける。

 自分でもそれが不思議な感情だと思うのだが、なぜか「あの時」の出来事と重ねてしまう。


(彼が……。いえ、そんなはずが無いわね。あんな奇跡みたいな事が度々あったら、神様もお役御免だね)


 状況が厳しすぎて、思わず現実逃避をしてみるセリア。だがついに、リザードマンたちが動き始める。

 流石にこれ以上は急襲部隊を出さないようで、本隊がゆっくりと。だが、確実に押し寄せる。


「敵にシャーマンがいないのが唯一の救いですな」

「ええ。もしいたら今頃こんな玩具みたな陣地は、早々に崩されていたでしょうからね」

「ですがどうされます? このままでは確実にジリ貧ですぞ」


 ルーセントの言葉にそっと目を閉じるセリア。いまの現状を即座に考えて、最適な答えを探す。


(現状は商人が使っていた馬のほとんどは死に、全員で避難は不可能。徒歩での避難は確実に追いつかれてしまうし、援軍はあの男(イズン)に期待はできない……ならば手は一つ!!)


「……一つ、案がある。先程の攻撃により、敵の動きが警戒中のために再び鈍くなったわ。そして私達が開いた活路も、トカゲ共が向こう側へ集まった事でまだ生きている」


 そう言うとセリアは愛馬の首をそっと撫でる。


「この子たちに商人を乗せ、全員避難させます」

「な!? 私達だけ逃げるだなどと、そんな恥知らずな事が出来る訳がない!」


 商隊長が顔を強張らせて、思わずセリアへと詰め寄る。だがセリアはそんな商隊長の手を握ると、落ち着いた声でこうさとす。


「その気持嬉しく思う。だからこそ私達はここへ来たかいがあった。でもあなた達は家族がいる。もちろん私達もだ。でもね……」


 セリアの向ける視線の先には、帰れると思ってしまった部下達の幾人(いくにん)かが押し殺そうとも、湧き出る感情が顔に出ていた。

 商隊長がその顔を睨みつけると、自分の心のあさましさを恥じたのか、顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 そんな光景をセリアは頷きながら見て、商隊長へと話しを続ける。


「商隊長さん、私の後ろを見て。彼らはどんな顔をしているかしら?」


 セリアは振り返らずにそう告げる。商隊長は部下から目を離し、言われたままセリアの背後に控えている騎士たちを見る。

 そこには誰も悲壮感や後悔などとは無縁の、清々しくもふてぶてしい漢達の顔が並んでいた。

 それを見て商隊長は理解する。「覚悟の本質」が初めから違うのだと。


「クコロー様……」

「分かってくれたかしら? 私達はあたなたちを守るためにいるの。それが存在理由だから」

「グゥッ……申し訳……ございません。この御恩は貴女様の家に必ずお返しいたします」

「ふふ。そうしてくれるとうれいしいな……さぁ、時間が無いわ。荷物は全て捨てて、今すぐ離脱なさい!!」

「はい! 聞いたなお前達!? これよりクコロー様の命によりここを脱出する! 必ず生きて、クコロー様の御恩になんとしても報いるぞ!!」

『『『分かりました!!』』』

「クコロー・フォン・セリア様。貴女様もどうか、どうかご無事で」

「ありがとう。えっと……あなたのお名前は?」

「これは失礼をいたしました。私はアルマーク商会の会長の孫で、名をエルヴィスと申します」


 落ち着いてよく見れば、エルヴィスは顔立ちがスッキリとした美丈夫(びじょうぶ)で、年は二十代半ばほどでまだ若く、これだけの規模の商隊を率いている風には見えなかった。

 だがアルマーク商会の会長の孫という事でそれも納得するが、なぜ紹介が「孫」なのかと疑問にも思う。


「孫? そう、エルヴィスさんと言うのね。最後に貴方(・・)のような商人に出会えて嬉しく思う。どうか爽健で」

「もったいなきお言葉……このエルヴィス、誓いは生涯忘れません!!」

「ありがとう。さぁ、他の人の準備が整ったわ。貴方も行って」

「エルヴィスの旦那、いつも俺らを指名してくれてありがとな。元気でやれよ?」

「エド……お前達もすまない」

「なに、危険を予測出来なかった俺らのミスさ。まぁ、こんなん予想しようがないがな」


 そういうとエドと呼ばれた、冒険者の三十代ほどの男は苦笑いをする。


「これを予想したた訳じゃないが、荷物は好きに使ってくれ」

「それは助かる。ツケにしといてくれや」

「こんな時まで硬いやつだ」

「さあ行ってくれ。依頼者を死なせて、失敗したのが最後の記録ってのはごめんだからな?」


 エルヴィスは涙を流し力強く頷くと、部下を引き連れて南門へと馬で駆けていく。

 それらを見送るセリア達と冒険者は、迫るリザードマンの陣を睨むのだった。

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