276:どらごにゅーと
美琴の叫びで上方を見ると、そこには自分へめがけて飛んでくる一本の黒い槍が見えた。
とっさに美琴で斬り払おうとした刹那――。
(――チッ!? コイツはヤバイ!!)
流は斬り払うのを急遽やめることにする。そして即座に背後へと数メートル飛び退くと同時に、黒い槍が地面へと突き刺さる。
突き刺さったその槍が振動を感知した瞬間、突如爆発するように持ち手の部分がある「柄」が弾け飛び、炎が巻起こる。
それを見た流は、その飛来先を凝視する。そこにはリザードマンではないナニカがいた。
「おや、あれを避ける判断をしますか? これまでのアナタの戦いから斬り捨てると思ったのですがね」
「……あんた何者だ?」
「これは失礼を。あた……コホン。ボクは龍人の一人、名を『ゾーラン』と申します。以後お見知り置きを」
それを聞いた守備側の人間たちは戦慄した。地上より二十メートルほど上空にいるはずだが、そのよくとおる声に身震いする。
見た目は人とさほど変わらず、角や翼が生えている。そんな龍人は人間の動揺を知ってか、キザったらしく青髪をかき上げる。
さらに青い瞳孔を縦に見開き、挑発するようによく整った青白い顔を〝ニヤリ〟と口角を上げる。
イチイチ仕草がキザったらしいが、それを全身黒い執事服のようなものを着ているからか、妙に様になっていた。
そんな不快な存在だが、下にいるイズンは震えて見ることしか出来ない。なぜなら龍人と言う存在……それは「ドラゴンと同等かそれ以上」を示す意味なのだから。
龍人は嗤う、そのあまりの下等さに。そのあまりの脆弱さに――だが。
「なんか上から目線の、『ぼくはかっこいいんだー』みたいな恥ずかしいトカゲが飛んるぞ?」
『ちょっと、流様!? 本当の事を言ったらかわいそうですよ……ぷっふ』
「……マ」
「おいおい嵐影。俺でもそこまでは思わないぞ? 流石に服の趣味まで言ったら可愛そうだ」
「でもあるじ~。最後の〝ニヤリ〟とか見ているこっちが恥ずかしくて、悶絶して死にそうになるほど笑えたワンよ」
いつの間にか戻ってきていたワン太郎たちの最後の言葉に、「違いない」と流が爆笑すると、三人も思い出したように笑う。
つい今まで、最高の気分で人間を見下していたはずが、なぜか嘲笑されていると気がつくゾーラン。
プルプルと震える右手で、ゆっくりと髪をかき上げると、その無礼な存在に向けて口を開く。
「おやぁ……ひょっとして……それはボクの事を言っているのかなぁ?」
「ぶっ!? ホレ見ろ! やっぱり『ぼく』って言ったぞ!!」
『ボクですよ流様。失礼ですから間違えないようにね? ボークですよボク』
「……マ゛マ゛マ゛」
「嵐影笑いすぎだって――ぷふ」
「あるじぃ、なんか飛びトカゲがプルプルしてるけど、トイレ行きたいんじゃないのかな?」
「マジカヨ!? おい、ボクちゃん。上から漏らされたらたまらんから、さっさと向こうへ行ってくれ! シッシッ」
唖然とする防壁の中にいる守備隊。そして大門から出撃したセリアたちや、外で戦っている冒険者達。
そんな彼らの事など気にもせず、笑っているオカシナ連中にゾーランの我慢は限界に達する。
「キサマだけはこの手で殺す!! シッネエエエエエエエエエエエエエ!!」
怒りで我を忘れたように、二十メートルの高さから一気に降下してくるゾーラン。
その一撃はスピードも合わせて、魔力を纏わせた白色のスピアに恐ろしい威力を付与する。
「ホレ見ろ、当ったろう? 挑発されたら降りてくるって」
『嘘でしょ!? 馬鹿なのかな?』
そんな会話など、最早耳に届かないほどの怒りに支配されたゾーランは、スピアの穂――刀で言えば刃の部分に、青い魔力を巨大な穂に形成し殺傷力の塊となって飛来する。
「存在ごと地上から消え失せろおおおおおおおおおお!!」
「おーコワイ……だが目には目を、刺突には刺突をってな」
迫る青く鋭い魔力で研ぎ澄まされた、刃渡り二メートルになった白いスピア。それに動じず右足を後ろに引きながら、迎撃の構えをとる。
さらに迫る距離が三メートル! 龍人を馬鹿にした人間を跡形もなく吹き飛ばす威力をもった攻撃で、周囲にいる無礼者ごと粉砕出来ると確信したゾーランは血走った目で叫ぶ。
「砕け散れえええええええええええええええ!!」
「その柄モノがな? ジジイ流・刺突術! 針孔三寸 【改】!!」
流は妖力を悲恋美琴の先端部分の切っ先に集中すると、三連の刺突を白いスピアの切っ先に向け、一ミリの狂いなくぶち当てる。
ゾーランは空中で〝ガグリ〟と壁にぶち当たったかのような衝撃のあと、一瞬停止する。
直後、白いスピアである〝白龍の咆哮〟に纏わせた青龍穂の先端からまっすぐ亀裂がはしり、その後細かくヒビが無数にはしり吹き飛ぶ。
「ナアアアアアアアアアアッ!?」
「仕上げだ、ジジイ流・活人術! 不殺閃【斬】!!」
「バギャナヴァアアアア!!」
落下の速度がのり、そのまま落ちるように流の不殺閃の直撃コースのると、白い槍を「下から思いっきり」打ち上げられる。
その打ち上がった持ち手部分の柄が、自分の顔面にありえない速度でぶち当たる事でゾーランの意識は吹き飛ぶのだった。




