269:虚ろの追憶
弐と人形が光に溶け込むように消えると同時に、背後から双牙達がやってくる。
双牙はあまりの状況に声も出なかった。目の前の光景が理解が出来なかった。意味が不明だった。なにせ封座の背中から向こう側が見えるのだから。
「ごふぉ……双牙か?」
「御館様これはいったい……」
「弐の裏切りにあった」
「な!? なんです――」
双牙が驚きの声を上げるのを、封座はかぶせるように話す。
「――時間がないからよく聞いてくれ、俺はもう死ぬ。がふぉ……弐が施した回復術の効果が切れるのが、だんだん分かったきた。そこで俺の右目に嵌っている、『虚ろの追憶』を〆に持って行け」
封座が言う骨董品である『虚ろの追憶』とは、封座が過去に右目を負傷した時に使った物である。その効果は疑似視界が得れると言う品だったが、もう一つ効果がある。それは……。
「くっ……分かりました。必ず『御館様が見た記憶』を、命にかえても〆様に持ち帰ります」
「頼んだ双牙よ。それと指一本動かせんから渡せぬが、この備前長船を千石へと頼む」
「承知しました! 必ず千石様へとお届けいたします!!」
「うむ……なんとも締まりがねぇ死に方だが、後は任せたぜ?」
そう言うと封座は静かに息を引き取った。
双牙と、後に合流した連は作戦の失敗と、封座の最後の願いを叶えるために異怪骨董やさんへと向かうのだった――。
◇◇◇
ここまで話し終えた〆は、とても辛そうでもあり、怒りがその瞳に宿っているのが分かる。
だがそれを我慢し、流へと落ち着いて説明を続ける。
「――その後はもう酷いものでした。弐を実の妹のように可愛がっていた壱などは、特に酷いありさまでした」
「そらそうやで……いきなり裏切ったとか言われても、信じられるかいな。でもそれが真実やと知って、もうなぁ……」
「フム。私と妹は弐の危うさに気がついていたのですが、同じ兄妹として信用していました。その油断がまさかあのような事になるとは……」
三人の悲痛な顔がなんとも辛く、見ている流と美琴の心を締め付ける。
「そんな事があったのか……それでその『虚ろの追憶』と言う骨董品から、情報を得て判明したってわけか」
「はい。後に『理』からの情報を元に、どこへ逃げ込んだかを突き止めました。そしてご存知の通り、異世界へ討伐隊を派遣しましたが失敗しました」
「そうらしいな……」
「そしてこれからが、古廻様がお知りになりたい答えになるかと思います」
流は頷き、その先を黙って聞く。美琴もいつの間にか悲恋から抜け出し、流の隣に座っていた。
「千石様の討伐隊は、当時の鍵鈴……人形の分身とも言える残党に狩りたてられ、その頃には古廻と名乗っておいででしたが、生き残った古廻で戦える者を男女問わず送り込んだのです――」
――その後〆は異世界での討伐隊が敗退する少し前の事を話し出す。それは人形を追い詰め、弐がそれを庇って人形と双方が大ダメージを負って身を隠したと言う。
それに懲りた弐は直接対決ではなく、手駒を増やしそれで襲って来た。
やがて手駒の数が膨大になり防戦に回ることが多くなる。
さらに古廻の者も、異世界で知り得た仲間と信じていた者に裏切られたりして、徐々に活動が苦しくなり、結果敗北したと言うことだった。
「――その苦い経験からでしょうね。こちらの残党も古廻の者を必要以上に恐れていましたが、本体の異世界側の人形や弐も同様か、それ以上に恐れていたのでしょう。ですから、『古廻が去った地と言われる場所』に、斥候を放つのは当然の事と思います」
「なるほどな……そこで異世界の人類や魔物を手駒にし、それを持てる力で強化したのがエスポーワールか」
「そうなると思います。それでも私が知っている弐の力なら、もっと強化出来るはずです」
「あれでも結構強かったぞ? なぁ美琴」
「うん、邪法まで使ってきたよ。異世界でまさかの邪法には驚いたけど、まぁ慣れたものだったから助かったけどね」
美琴の言葉を聞いて、参が「フム」と頷き話し始める。
「邪法ですか? それはまた……死人でもでましたかな?」
「大当! そのエスポーワールって奴を滅さないで、泳がせているんだよ」
「そらええな! メリサの居所も判明しやすぅなったやん」
その言葉で流は今聞いた千石の敗退理由を思い出す。
「その千石が裏切られたってのは、どういう事だ?」
「それなんですが……帰還した者が頑なにそれを伝えようとせず、詳細がわからないのです」
「なんだそりゃ?」
「なんでも異世界人の名誉のためと、千石様の言いつけにより……との事でした」
流もメリサに裏切られたような気持ちだったが、美琴のおかげでその鬱屈とした考えをやめて、今はメリサを信じている。
だからこそ、〆が言う異世界からの帰還者たちの言葉も自然に胸に入ってくる。
「そう……か。うん、きっとその裏切りにも理由があったんだろうな」
「そうですね。流様、メリサちゃんもきっと何かあると思うんだ」
「そうだな……あぁその通りだ。だからこそ――」
流は庭の狂い咲いている八重桜を見つめるとメリサを思い出し、あの花の咲くような笑顔でまた笑ってほしいと思うのだった。




