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267:二匹の龍

「……それで(ふたば)よ、あの人形はこの上に?」

「ええ、あの子は普段は動きませんからね」

「動かない? 動けない理由(わけ)でもあるのか?」

「そうですねぇ。今あの子は『(ことわり)』による干渉が酷く、疲弊しているのです。理由は私達と同じですね」


 封座は弐が言う、「私達と同じ」と言うことの意味を理解する。それは過剰な力を持った者が現世で力を使えば、理による制裁があり思うように力が使えないと言うことだと。


「そうか、人形も邪神とは言え神の一柱。それがあまりにも殺り過ぎたと言うことか」

「そうですね。今あの子は理に対する対抗策を練っている最中です」

「なに? それはどのようなものなんだ?」

「ええ、そうですね……。ココとは違う異界……異世界と申せば分かりやすいでしょうか? 地獄や天界、超常的な別世界ということでは無く、この日ノ本と似た世界と思っていただけたらよいかと」

「異世界? この世界とは違う場所があるのか?」

「そうです。そこへ逃れる手立ての目星が付いたので、現在それを行っている最中ですね」


 封座はその突拍子もない事に驚くよりも、追い詰めた人形が世界を渡り異世界へと逃れる事に焦る。

 ここで取り逃がせば異世界でまた非道な殺しを行うだけではなく、いつこの世界へと舞い戻り、残虐な殺しをするかも知れないのだから。


「それは本当のことなのか?」

「ええ……今はその最終段階に入っています。ここに来て状況が大きく動いたので、急いでいるみたいですね」

「……なぜそれを報告しなかった?」

「ふふふ、すみません。ここ最近私も知ったばかりでして、全容が確定したのはつい先程でしたもので……。不確定な情報ほど、作戦を混乱させかねないでしょう? しかも今はとても大事な時期でもありますからね」


 弐の言うことは最もだった。むしろ正しいと言うべきだろう。

 今日のために鍵鈴の者たちが費やした「命」は、無視できない規模にまで膨らんでおり、それは現在進行中であったのだから。


「分かった。それでお前はこの後どうする? 元々戦いは好きでは無かったはずだし、人形相手となると、普通の人間を相手にするのとはワケが違う。そうなると、な?」

「ええ、『(ことわり)』が黙ってはいないでしょうね。ですが、私も鍵鈴守護神としてその責務を果たしたいと思います」

「そうか、すまねぇな弐。いつもお前には、はずれを引かせちまう」

「ふふふ、お気になさらず。貴方様があってこそ(・・・・・・・・・)なのですから」


 そう言うと弐はとても良い笑顔で微笑む。それを見た封座は、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 力ある者が理を破ってまで尽くしてくれる。その代償の意味を知っているのだから。


「すまねぇ。だが出来るだけその力は、理が干渉しない程度に留めておいてくれ。俺が人として……いや、人を超えた力で、あの化け物を(ほふ)ってみせるからよ」

「ご安心を。その時が来たら(・・・・・・・)躊躇なく実行(・・・・・・)しますから」


 一瞬のことだった。刹那と言ってもいい瞬間、弐の優しげな瞳が冷酷なものに見えた気がした。

 だがそんな事を考える間もなく、上方より禍々しい気配が広がる。それは確実に何かの儀式をしていると思われる圧迫感だった。


「ちっ、人形めが何かを始めたらしいぜ」

「みたいです、ね。それでは行きましょうか」


 階段を一段上るたびに邪気が増していく。もし常人がここにいたら、確実に即死しているだろう淀んだ空気の中、封座と弐は何事もないように上る。

 やがて天守の間へと通じる襖の前に来ると、封座は一閃の元に襖を斬り裂く。

 入り口から最奥の洋風椅子に腰掛けて、微動だにせずこちらを見ている不気味な日本人形は、口角だけを〝にちゃり〟と上げて封座を見据える。

 部屋の中央には見たことのない円形図があり、文字のような謎の記号が所狭しと描かれていた。


「やっと遭えた(・・・)なぁ……ぶっ壊れたくそ人形。一日千秋の思いで待ち焦がれたぜぇ?」


 背後に弐を置いたまま封座は圧倒的な気を練り上げる。それは頭の先からつま先まで白と金色に包まれた、素人でも可視出来るほどのものだった。

 封座は特別にこしらえた愛用の〝備前長船〟をゆっくりと抜刀すると、大上段に構えて動きを止める。


「滅さるは闇の中、不浄の神威を神炎で焼き尽くせ――滅奥義! 太上龍神(だじょうりゅうじん)倶利伽羅(くりから)!!」


 ここにきても微動だにしない人形に、封座は高密度の圧縮された気をさらに圧縮し、それを一気に高め倶利伽羅を放つ体制にはいる。

 大上段に構えた備前長船に、二匹の大きな炎の聖龍が顕現し、巻き付き神威刀となりて清淨(せいじょう)なる光を放つ。

 封座は確信する。「この一閃は確実に人形を滅っすることが出来る」と。


 そして封座が倶利伽羅を放つ刹那――。


「ぐぼばぁ――!?」


 突如襲う衝撃に封座は困惑する。その原因を見れば、みぞおちあたりから真っ赤な手が生えていた。

 血塗れの赤い手はとても美しく、よく頭を撫でてくれた見覚えのある形の良い指が並ぶ。


「ふ、弐ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」

「ごめんなさいね、封座様。この儀式を完了させるには、どうしても貴方様の血と、倶利伽羅を放つ刹那に高まった神気が必要だったのです」


 そう言うと弐は封座から右手を引き抜く。それと同時に封座は崩れ落ち、備前長船を床に突き刺し両膝立ちの体勢になる。

 弐はそのまま部屋の中央まで歩くと、とても品のある姿でしゃがみ、血塗れの右手で床をやさしく触るのだった。

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