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248:理不尽

 エスポワールは踊る。そう、踊るように三連撃を曲刀の腹で受けると言うより「流す」ように三連斬をさばく。

 その様子を流は見逃さずに睨みつけながらも、次の行動に出る。


 妖力を両足に込め、修行で体得した「防御のコツ」を応用した行動に移る。

 そうとはしらないエスポワールは、三連斬を()(くぐ)ったままの、自分の背中半分を見せるように異様な姿勢で襲いかかる。


 それに美琴を左斜下に構えたまま動かない流。


 チャンスとばかりにエスポワールはステップを踏むように、右足を左足の向こうに滑らせ回転しながら曲刀の一撃放つ!!

 だが流は冷静に刃の先端である切っ先を下げたまま微動だにせず、その斬撃を受け止める。


「ふ~む! ココまでですッ!!」


 およそ常人では不可能な速さと重さで曲刀を振り抜く――が。

 硬質な音で〝ギィン〟と美琴と曲刀がぶつかり、そのままエスポワールは曲刀を振り抜く。だがしかし!?


死人(しびと)ふぜいが妖人(あやかしびと)をナメルなよ? ラアアアアアアッ!!」

「クッ!? なぜ微動だにせんのだ!!」


 渾身の一閃で斬りつけたエスポワールは、予想外の事態に困惑する。

 妖刀を斜め下に向けたままの姿勢なら、確実に妖刀を弾き上げてその体が露出するはずだった。

 だが現実に起きたことは、弾き飛ばすどころか不動の漢がそこにいたのだから。


「ドッラアアアアアアアアアッ!!」


 エスポワールの動きを完全に止めた流は、その体の内部に溜め込んだ妖力を防御力から攻撃力へとスイッチし、カウンターを発動させる。

 弾き飛ばされるどころか、逆にエスポワールの曲刀を弾き飛ばす。

 その腕が上がった無防備になった瞬時に、美琴へと妖力をながす事で刃を紫色に輝かせる。それを見たエスポワールは危険を察知し、瞬時に飛び退く――。


「コイツで終いだ!! ジジイ流・刺突術(しとつじゅつ)! 針孔三寸(しんくさんずん)!!」


 必殺の瞬間だった。確実に額・喉・心臓を狙い撃った。間違いなく針孔三寸は三つの穴を穿つはずだった、が。


「なんだ……と!?」


 突如エスポワールの体の前に複数の影が飛び込む。

 一つはエスポワールの額を穿つコースへ。一つは喉を穿つ軌道へ。一つは心臓を穿つ隙間へ。その全てに〝ガギヴィン〟と言う硬質な金属同士のぶつかる音が響く。


 みればそこには、背後で控えていたはずの使用人達が「自分の手」で針孔三寸を弾き飛ばしていた。

 その様子は明らかに異常であり、長袖の裾から見える腕は「刃物のようなモノ」になっており、その手で防がれた。


「ふぅ~。やはり持つべきものは忠実なる使用人ですなぁ。助かりましたよお前達」

「当然の事でございます」


 流は瞬間背筋に冷たいものを感じ、斜め背後へと飛び退く。

 すると四方から使用人達がその場所へと、その文字通りの「手刀」を打ち込み串刺しにしようとしているのが見えた。


「やれやれ、少し過剰に守るように『設定』しすぎましたかな? 攻撃までの時間が早すぎますなぁ」

「お前……使用人たちに何をした?」


 使用人、総勢二十名がエスポワールを守るように壁になる。その行動は一糸乱れぬと言う言葉が体現したような動きで、まるで機械のように無駄な動きがなかった。


「ふ~む。何を……と、申されましても、ただ忠実に仕上げただけですよ。人格すら捻じ曲げ、その肉体も何もかもね」

「……外道めが」

「お褒めいただき、恐悦至極にてございます。さて……凌げますかな?」


 その言葉が指示と認識した使用人たちは、一斉に動き始める。総勢二十名、およそ人のソレを超えた動きで半包囲し、流を追い込む。

 お互い一言も発せず、一糸乱れぬ動きで機械のように動く。


「チィ!! コイツらなんで接触しないで動ける!?」


 流がそう言うのも無理はない。なぜならお互い微妙な隙間から手刀を滑り込ませて、まるで手刀の波が絶えず襲ってくるかのように流へと迫る。

 千手観音に襲われているような錯覚すらおぼえるこの状況、一つ払えば二つで襲いかかられ、二つ払えば四つで囲われる。

 そんな理不尽な状況に徐々に追い詰められる流だったが、やがてそれも終わりを迎える。


「クソッ、これ以上は下がれないッ!?」


 背後には壁が迫り逃げ道が閉ざされたのを見たエスポワールは、愉悦の表情で流を見る。その嫌らしい視線を感じながら、流は必死に手刀を打ち払い、その払い除けた使用人に隙あらば攻撃に転じるが、それも別の使用人の手刀により防がれてしまう。

 使用人一人一人の力は大した事はないのだが、ダメージを負わせる前に他の使用人達が、流の攻撃対象をカバーすると言う悪夢のような状況だった。


 悲恋美琴がパワーダウンしているとはいえ、斬り伏せられない事は異常であり、その事に流も苦虫を噛み締めた表情で必死に耐え抜く。

 それはまさに数の暴力であり、大艦巨砲の大戦艦が、物量兵器にダメージを蓄積されているようなものであった。


「ハァ~ッハッハ! どうですかな古廻様、実に理不尽でございましょう物量というものは? 兵器は質より量! いかに貴方様がお強くても、数の暴力は正義! そう、これが戦いの本質でございますれば!!」

「…………クッ」

「必死ぃ~必死ですなぁ~古廻様ぁ? そのお顔が実に心地よい!! 後どれほど耐えれますかなぁ? それとも考え直して我らと世界――」

「黙れッ!! 誰がお前達外道と行くものか!!」


 その言葉を聞いたエスポワールは、実に悲しそうに右手で顔を覆う仕草をし、ニタリと嗤う。


「なんと、なんと残念な事でございます。どうぞ、どうぞ、その理不尽。骨の髄までご堪能くださいませ」


 エスポワールは慇懃に頭を下げ、右手を胸に当てながら無礼な態度で流を煽るのだった。

 

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