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237:怖

「オ、オタクはナガレなのか?」

「ああそうだ……俺は、古廻 流だ……」


 シュバルツは戦慄した。目の前の存在にはどうあがいても勝てないと、長い戦場(いくさば)の経験で理解した。


 だからこそ思う……このバケモノは生かしてはおけない、と。

 

 それは人の本能なのかもしれない、畏怖・恐怖・怖気・驚怖と言うモノを超えた「人としての防衛本能」つまり――。


「オタクは……人類の敵か?」

「アニキが……そう思うなら」


 シュバルツはゴクリと固唾を呑む。分かっているのだ、頭ではコイツは人類の敵じゃないと。

 だが、強者の本能が警鐘を鳴らす。今すぐこの「バケモノ」を駆逐しろ! と。


「なぁ……巨滅の英雄さんよ。サインはもういらねぇ……だから死んでくれよ!!」


 シュバルツはまだ炎が燃える体を捨てる勢いで襲いかかる。

 だが……それはすでに意味のない事であった。

 命を捨て全てを込めた今の状態で、流が人の身なら勝てた可能性はあっただろう。実際あのタイミングで、流が人間だったら確実に葬り去っていたのだから。


 だが現実は――命を削った攻撃ですら、今のシュバルツには流を斬ることは不可能だ。


「……本当にすまない。戦士の戦いを汚してしまった……たのむ、ワン太郎」

「――〈蒼薔薇の棺〉――。哀れな人間よ……あるじの慈悲だ、そのまま眠るが良いワン」


 シュバルツが流へと、その斬撃が届く刹那、ワン太郎がいつの間にかその背後におり、シュバルツを氷の青い薔薇が咲き誇る氷の棺に封印する……まるで時間を止めるように、無双の力を誇った漢は静かに動きを止めたのだった。



『流様……』

「あるじぃ……」


 泣き出しそうな顔でシュバルツを見る流。そしてその意味を知っている二人は、流を見つめる事しかできない。おもわず美琴は悲恋から抜け出ると、ワン太郎を抱いて流の前にくる。


「そう……か。これが人を捨てた代償か……」


 そう言いながら、シュバルツの棺にそっと手を置きながら、異世界へ来る前に〆に言われたことを思い出す。


 ◇◇◇


「古廻様……異世界での妖人(あやかしびと)になっての戦闘は、できるだけ慎みくださいますように」

「なぜだ? こっちの方が強いだろう?」

「はい、格段に強いです。ですが、人相手では強すぎます」

「……そうか。俺はお前達と同じ存在になった……か。だから過剰に恐れられると?」

「はい。ですが命の危機には迷わずお使いくださいまし」

「古廻はん、ようするに包丁と同じですわ。使いようによっては日々無くてはならない物でっけど、使い方を誤れば忌むべき物になりますさかい」

「フム。だからその包丁をどう使い、それを周りに認めさせるか……。それが今後の課題とも言えましょうな」

「古廻はん、その包丁は妖刀の類ですねん。せやから玄人ほどその危険性がわかり、素人ほどそれが薄れます。せやけど『怖い』という言いようのない不安は、どちらも感じるはずですねん」

「なるほどな……分かった、注意しておくよ」


 ◇◇◇



「――分かっていなかった。絶大な力と引き換えに、俺は人として同じ場所へと立つ事は出来なくなったんだなぁ……」

「流様……元気をだして。そ、そうだよ! 私なんか何百年も呪いそのものだったし、妖刀だし、今なんか幽霊なんだからね!! ぅ……そう思うと何だか悲しくなってきた」

「ちょ!? 女幽霊! お前まで落ち込むのをやめるんだワン! ワレなんか邪神に無理やり召喚されて、嫌々来てみたら王様なのにペットになったワンよ!? ぅ……そう思ったら悲しくなってきたワン」


 三人は「ハァ~」と長い溜息をついてから、顔を見合わす。そんな二人を流は見ると、自分の人を捨てた自覚の無さに呆れつつも、こんな形で励ましてくれる二人に感謝をする。


「ったく、お前たちまでそんな顔されたら、俺がバカみたいじゃないかよ。ホント、だめだねぇ……俺は」


 シュバルツの棺からそっと手を離す……。その見開いたままの目を見つめると、流は一言呟く。


「人としての真剣勝負……アンタの勝ちだったぜアニキ。俺を恨んでくれていい……だから、安らかに眠ってくれ……」


 流は妖人化を解くと、中央塔へと向けて歩き出す。元凶たるアルレアンと、その背後にいるアルマーク商会に静かな怒りをともしながら、色々な感情を噛みしめるようにゆっくりと進む……。





 ◇◇◇


 

 ――時は流の戦闘直後に戻る。


「ど、どうするのだ!! 傭兵たちまで負けてしまったではないか!? もう逃げ場などないぞ!!」

「ふ~む。困りましたなぁ……いっそ、投降でもしてみますかな? 今ならステキなダンジョン奴隷になれるでしょうからなぁ」

「ば、馬鹿者!! 全然ステキでも何でもないわ!! どうするのだ!?」


 馬鹿には興味がないと、吠える男を無視し魔具に映る侵入者を見つめる男、エスポワールは先程の戦闘光景にニヤリと笑う。あれは明らかに人ではなかった。

 

 そう、あれは――。


あやかし(・・・・)……ですかな? ハッハッハッハ!! そうか、こんな所におったのか!!」

「な、何を笑っておる!? このままでは私もお前も破滅だぞ!!」


 アルレアン子爵は泳ぐ視線で周囲を見渡す。あった……見つけた。この状況を打開する決定的な方法を。

 そしてこの馬鹿笑いしている男の利用方法も同時に思いつく。


「もうよいわ、私も覚悟を決めた! お前達、巨滅の英雄を迎える準備をしろ! まずはその娘を自由にしてやれ、そして中央の椅子に座らせておけ」

「ハ、ハイ! ほら、中央へ行け女!!」

「痛ッ――分かったから棒でつつかないでよ! (ナガレ様!! 来てくれたんだ! でもあの姿は一体……)」


 メリサは魔具の映像を見て驚く。それは間違いなくナガレであったが、見た目が変わっており、よく分からないが少し……『怖』かったのだから。

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