234:結界は目標を見据え
(どこにいるアニキ……美琴、何か感じるか?)
(いえ、何も感じませんね。ただなんと言うか……そう、昔私が経験した事なんだけどね、妖魔を狩る時にこんな感じの雰囲気だったよ)
(妖魔? あぁ、そうか。お前の人生? も改変したって言ってたな……その時の事か?)
(うんそう。だからその時感じた空気と似ている……多分、アニキは私達を狩ろうとしている……姉弟があそこ、高台があって、そこが見えている……ならそれに注意を引くようにして、前方の箱あたりが怪しいよね。でも狩りをするなら……うん、やっぱり右手にある装置の陰が怪しいし、私ならそこに潜むかな)
(……分かった、おまえを信じる)
流はそう言うと、右手に見える何かの装置に向かって向き直る。そして美琴を静かに構え、気配を消したままジッと止まる。
中央塔の足元では、今なおワン太郎が二人を翻弄しつつ、白豹の獣人二人にダメージを蓄積させている。
それらの喧騒と、あたりの静けさに溶け込むように静かに美琴を納刀すると、自然に右膝を床につき目を瞑る……。やがて閉じた目が開かれたように、モノの配置や形がまぶたの裏に見えてきた。
仕組みはこうだ。流は妖力を細い糸状に伸ばし、半径五メートルほどの結界を作った。その結界内部にあるモノを妖気で包みこみ視力で見るよりなお、正確かつ立体に視覚化したのだった。
そして目標の男、アニキたるシュバルツをその妖気が補足する。
それに気がついたシュバルツは、勢いよくその場から飛び退く刹那、それがすでに遅かったと思い知る。なぜなら――。
「捉えたぜアニキ!! ジジイ流・抜刀術! 奥義・太刀魚!!」
装置の側から飛び退くシュバルツ。だがそれを真っ二つにして現れた銀鱗のバケモノたる斬撃がシュバルツを襲う。だがしかし!
「二度も同じ業は喰らわねぇ!!」
シュバルツは剣を鞘から高速抜刀すると、銀鱗の小さな太刀魚を斜め上にいなし打ち上げる。
それと同時に、シュバルツは壊れて倒れそうになっている装置を足場に飛び上がると、太刀魚が放たれた場所へ上方から叩き斬るように大上段に剣を構えて襲いかかる。
その刹那、これまで見えなかった男が驚きの表情で自分を見ているのを確認すると、それが間違っていないと確信して剣を振り落とす。
直後、ガラスが割れるような音が響き渡り、透明の悪魔……いや、「巨滅の英雄++の漢」がその姿を表したのだった。
「あ~ら、お久しぶりじゃな~い巨滅の英雄様」
「アニキも元気そうで何よりだな。で、今度はここのドブネズミのお守りかい?」
「まぁ~そんな所だねぇ~」
「……それにしてもよく俺の居場所と、この骨董品の解除法が分かったな?」
シュバルツは「骨董品?」と呟くと、それがアイテムによる効果だと認識する。
「あ~らまぁ、それ魔法じゃなかったのね~。まぁ、居場所はこれまでのオタクの立ち回りで、あの狂子犬をおとりにしているのは分かったからな。で、どうも上から見られないようにしているのも分かった。後は経験ってやつだな、戦場では経験不足から死んで行くんだぜ?」
「違いない、流石だよアニキ……いや、シュバルツ将軍」
瞬間、シュバルツの笑みは消える。そして口から思わず漏れる。
「……どうしてそれを?」
流はポケットから一枚のコインを取り出すと、親指でそれを弾きシュバルツへと飛ばす。
それを受け取ったシュバルツは、目を見開いて驚く。
「ッ!? こ、こいつは『レッドアイズ』の団長証か!? しかも本物だ……オタク、こいつをどこで?」
「やっぱり知っているのか? そいつは預かっているものだよ。ヴァルファルドさんにな」
「マジかよ!? あいつ死んだのか?? いや、死ぬわけがない漆黒のヴァルファルドが……」
「そうだ、ヴァルファルドさんは元気さ。なんでも王都に嫌気が差してたところに、この街に用事があって来たそうだ。だからアンタの事も聞いているぜアニキ」
「…………そう、か……」
シュバルツは泣きそうな顔でコインを見つめる。あの死にそうになっても飄々としていた漢が、小さなコインをジっと見つめ肩を震わせていた。
「……なぁ、アニキ。アンタの過去はそれなりに聞いた。そしてそれが原因で、この家業に身を落としたと言うことも知っている。この街の商業ギルドのマスターが、アンタと会いたいと言っている。もちろん捕縛のためじゃなく、アニキその人と話をしたいそうだ」
「…………」
「そしてヴァルファルドさんも、アンタに会ったら伝えてくれと言われている」
「……なんと言っていた?」
「借りを返したい……と」
シュバルツはコインを〝ギュ〟っと握りしめると、「そうか」と一言呟きコインから目を離し、流へとコインを指で弾いて返却する。
「その話が聞けてよかったぜ。ありがとうよ、巨滅の英雄……いや、コマワリ・ナガレ」
「……そうか、やっぱりか……」
「ああ、そうだ。そのやっぱりだ……」
「どうしてもか?」
「ああ、どうしてもだ」
「考え直せ……」
「だめだな、だから頼む……巨滅の英雄のサイン、もらってもいいですか?」
「そうか……残念だが、今日はペンを忘れてしまった。代わりにこの妖刀・悲恋美琴で刻ませてもらおう。戦場のサインをな」
瞬間、お互いその場で剣戟が始まる。はじめはゆっくりと見えた剣戟も、徐々にスピードがあがり始め残像と火花が散り始める。
その本気の剣戟は、シュバルツのクビを跳ねる勢いで打ち込むが、シュバルツも負けじとガードしたかと思えば、返す剣の先端で流を袈裟斬りに打ち下ろす。
やがてデジャビュのように、床が剣圧で崩壊し始めたところで、どちらともなく背後へと飛び退くのだった。




