226:アルレアン
『流様があまりにも驚かすからだよ~』
「何を言っている? お前もノリノリで、『絞め殺すような妖力』を出してたろう。まったく困った妖刀だよ……ん?」
あまりにも静かな状況に違和感を感じ、流はふと背後を見る……それなりにマズイ。いや、かなり酷い。もっと言えば惨状だった。
商業ギルドの職員は、バーツ以外全員が気絶しており床に倒れている。
つぎに横に目を向けると、バーツとエルシアは今にも倒れそうなほどに、生まれたての子鹿よりなお足を震わせ、青い顔で立っているのもやっとだった。
唯一まともに自然体なのがヴァルファルドだけであり、流の間の抜けた顔を見て苦笑いしながらこう話す。
「まったく、お前は商人から足を洗うことをススメるよ。大体なんだそのバケモノは? さっきの小狐だろう、ソイツは?」
「ふぅ~。カ、カンベンしてくれよダブルプラス。俺達ですら思わず死を覚悟したぞ? なんつぅ、おっかねぇモノを飼っていやがるんだよ」
「エンリケ達までかよ……。え、もしかして俺達やりすぎた?」
その言葉にバーツはジト目で流へと苦言を呈す。
「今度やる時は言ってくれ。俺もエルシアも、あやうくそこで倒れとる職員のようになる寸前だったんだからな?」
「そ、そうですよナガレさん! あの暴漢たちに襲われていた時のほうが、千倍ましでした」
全員からジト目でにらまれた流は、額に汗を浮かべると、状況を理解する。どうやら異世界人でもこの状況は怖かったらしい。でもやったのは氷狐王なのに! と、思う……解せん。
「うっ!? ご、ごめんなさい。と、とにかくコイツらを起こして見ようぜ? うん、それがいい、そうしよう!」
流は今なおジト目で見られているのに、耐えきれないようにそう言う。すると氷狐王がそれを察したらしく、追跡者の前に来ると叩き――いや、蹴り起こす。
「起きんかあッ!! 主が困っておろうがッ!!」
「――ぐぁあああ!? ぐぅ……な、なんひゃああああああああ!?」
「お前もやめてくれ、もっと俺が白目で見られる……」
右手で顔を隠すようにしている流の姿を見た氷狐王は、氷の汗をポロリと落とすと、流の後ろへと下がる。
「ハァ」と一息吐くと、流はさっきよりもっといい笑顔でリーダー格の男へと話す。
「さて、今度は『本当のこと』を話してくれるな?」
「ヒィィィィ!? な、なんでも本当の事を話します! だ、だ、だから、普通にコロシテくださいッ!!」
「おい、美琴。お前が脅すから俺が悪者みたいじゃないか?」
『どの口がおっしゃるんですかねぇ? ねぇ?』
「……さて、冗談はここまでだ。メリサはどこにいる?」
その後の追跡者達は実に従順だった。まるで神に懺悔するように、隠し事など一切なく、言わなくても良い個人的な性癖まで聞かさせられてしまい、ゲンナリとしながら情報を聞き出す。
その中でエルシアを拉致しようとした目的を聞く。どうやらヤツらの認識では、エルシアが一番親しい娘だと言う情報を入手し、そこから脅す材料にしようとしたらしい。
しかしメリサの登場による、予想外の出来事。そして持つ情報の多さを考えて急遽予定を変更し、エルシアじゃなくメリサを連れ去ったとの事だったが、どうにも言い訳のようだったらしい。しかしそれが本当だと知ると、依頼主は歓喜したという。
「と……すると、メリサは北門近くにある給水塔にいると?」
「ハ、ハイ! 間違いありません!! 俺たちもそこから来たので女を見ています!!」
「なるほど、ね。これが一番重要な事だが……メリサは無事なんだろうな?」
追跡者達は壊れた赤べこのようにクビを〝ブンブン〟上下に揺らす。
「そ、それはモチロンです! 俺たちはあの女を剥いて、楽しみたかったので――」
「馬鹿!! そんな事を言ったら殺されるぞ!! 死にてえのか!!」
「うるさい!! 馬鹿はお前だッ!! 嘘を言ったのがバレたら、どうなるか分からないのか!!」
内輪もめをする追跡者達を見る流の目は静かだった。いや、穏やかと言っても良い。それが逆に追跡者たちの心を締め付けるような恐怖を与える。
「っ……。す、すまねぇ。お前の言う通りだ」
「分かればいい……。それでですねナガレさん、そのメリサって嬢ちゃんは俺たちの知る限りは、間違いなく無事ですし、手出しのしようが無かった……と言うより、触れようとすると見えないものでぶん殴られて気絶しちまうんです」
「そうか……。その後は強制的に何かしようとしたか?」
「いえ、依頼主の意向でその後は監禁にとどめています」
その言葉で流は一応の安堵感を得るが、確信的な情報が分かった以上は今すぐに救出に向かう事を決意する。
「バーツさん、聞いてのとおりです。その給水塔まではどう行けばいいでしょう?」
「ふむ、北と言うと『アルレアン水塔』か……。ここからは遠いが、ランエイならばさほど時間もかかるまいよ」
そう言うとバーツは目覚め始めた職員を起こし、地図を持ってくるように指示をする。
その後すぐに職員が地図を持って戻って、バーツへと地図を渡すのだった。




