223:悪臭は強烈に
「え? ナガレさんはこの街にいないんですか?」
その言葉で、自分の失言に気がついたメリサは、エルシアへ向けて真顔で話す。
「ッ……失言でした。冒険者ギルドの――いえ違いましたね。エルシアさんいいですか、今からとても重要なお話をします」
「な、何よあらたまって。これ以上は串焼きはあげないわよ?」
「そんな話じゃありませんよ。いいですか、ナガレ様がこの街を離れているのは秘密です。理由は聞かないでください」
エルシアもギルドの受付嬢として、口外できない事があるのは理解している。だからこそ……。
「……ええ、わかったわ。この事は誰にも言わないし、聞かなかったことにするね」
「ありがとうエルシアさん、あなたならそう言ってくれると思ってた」
「こっちこそ、その……今までなんかゴメンね。えっとメリサさん」
「メリサでいいわよ。なんだか……フフ。可笑しいね」
「私もエルシアって呼んで! ほんとだね、何だか可笑しいね」
二人はこれまでの妙な緊張感から、いきなり開放されたのが可笑しかったらしく、お互い笑い合う。
「あ、いけない。私はもうギルドへ戻らなきゃ。エルシアは今日休みなの?」
「うん、私は今日休みなんだ♪ 今度お茶しに行こうよ! ステキなカフェ知ってるんだ!」
「か、カフェですって!? ええ、ぜひ連れて行って! 絶対だからね!」
その食いつきにエルシアは驚く。メリサは流に会う前は、それはもう男女問わず厳しい性格で、友人すらままならかったのだから。
「う、うん。じゃあ約束ね! 色々な種類の薔薇がテラスにグルリと咲いていてね、そこから眺める景色がとってもいい感じなの。中央にはちょっとした噴水なんかもあってさ!」
「ッ~!? そ、そんなお洒落空間があるなんて……」
「ふふ、楽しみにしていてね。絶対感動するからさ♪」
「ええ! 楽しみにしているわ。今か――」
「悪いがその楽しみはお預けだ」
突如二人の真横から聞こえる声。しかしその場には誰もいない。だが――。
「これはなに? 陽炎?」
「ッ!? 下がってメリサ!!」
エルシアは戦闘は素人だが、メリサをかばうように立ちふさがる。
戦闘が素人とはいえ、それでも荒くれ者の冒険者達相手に、怯むことなく手玉に取る娘だ。だから相手が危険かどうかと言う、空気みたいなモノを感じる嗅覚が育っていた。
だからこそ、目の前の得体のしれない〝ゆらめき〟はマズイと体中が警鐘をならす。
「なかなか感のいい嬢ちゃんだ」
「後ろからも!?」
半透明なゆらめきは、徐々にその姿を現す。最初は一人だと思っていたソレは、さらに増えていき、最終的には五人に囲まれていた。
周りを見渡せば、先程までいた公園で休んでいた者たちはいなくなっており、少し離れた場所に数人が休んでいるようだった。
「おっと、動くなよ? そのキレイなお顔が、傷物になりたくないならな」
「そっちの胸がデカイ方は色々知ってるようだが……どうする?」
「オーダーされたのは冒険者ギルドの娘だ。仕事はキッチリとしねぇとな」
「まずは縛っとけ、お前は馬車をもってこい」
「わかった、すぐに用意する」
そう言うと、暴漢達はエルシアへと向かう。だが、いくら戦闘の素人とは言え、エルシアは負けない気の強さがある。だから――。
「誰がアンタ達みたいな暴漢に攫われるものですか! これでも食らいなさいッ!!」
エルシアは護身用に持っていた、強烈臭い玉を暴漢の一人に投げつける。
思わぬ反撃にあい、ナイフを持っていた暴漢の男はその臭い玉を切り裂く。
「ぐあッ!? くせええええ!! クッソがあああ!!」
激怒したナイフを持った男は、その怒りのままにエルシアに凶刃で襲いかかる刹那――。
「危ないエルシア!!」
思わず体が勝手に動いてしまうメリサ。それはエルシアをかばうように押し倒す事で、今いる橋の上から、下へと突き落とす事になる。
エルシアは落下しながら、メリサが刺されたのを目撃する。着水した衝撃で、大きい水音と悲鳴が公園に響き、それと同時に甲高い音で、何かが壊れる音がした。
「グアアアッ!?」
「おい、どうした!! な、なんだ? コイツ……気絶してやがるのか?」
「何やってるマヌケが! こうなったら仕方ねぇ、そっちの胸がデカイ女を拉致れ! もうすぐ馬車が来るから早くしろ!」
「おい、入り口からこっちに向かってくる奴ら、あれは……チッ、何で憲兵の奴がいやがる!! 失敗だ、オイ女! 言う事を聞けば何もしない。断れば……わかるな?」
水から顔を出すと、刺されたはずのメリサは無事であった。だが暴漢の一人は、ナイフを落ちたエルシアへ向けて狙いをさだめるように振りかぶる。
それを見たメリサは、指輪をチラリと一瞥した後に黙ってついて行くのだった。
「メリサアアアアア!!」
エルシアは池からやっと抜け出ると、エルシアが攫われた方向を見て絶叫する。まだいるはずの距離だったが、もうどこにもその姿が見えなくなっていたのだから。
ほどなく憲兵達が何事かとやって来て、事件が公になったのだった。
◇◇◇
「そんな訳で私は彼女に助けてもらいました……。もし私だけだったら刺されていたか、良くて誰も知らない状態で攫われていたと思います」
「よく分かった、だからもう泣くなエルシア。お前の無念は俺が晴らしてやるからさ?」
「……はい、ありがとうございます、ナガレさん」
涙をぐいっと手の甲で拭うエルシア。そして思い出したようにバッグから一つの丸い王をナガレへと手渡す。
「そうでした。もしコレがお役に立てればと持って来ました」
「ん? そいつはなんだ?」
「これは私が暴漢へ投げた『強烈臭い玉』です。この匂いは文字通り強烈で、お風呂に入ろうが何をしようが、かなりの長期間匂いが持続して体に染み付きます。ヴァルファルドさんに言われて気がついたので、今日お持ちしました。もっと早く気がつけばよかったのですが……すみません」
「なるほど……コイツは良さそうだ。ありがたく貰っておくよ」
ナガレは強烈臭い玉をもらうと、指でツマミながら黒い物体を見つめるのだった。




