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203:傾いて、魅せて、いざ候

「二人には大変お世話になりました。静音様、美琴は任せてください。そしてご先祖様は年なんだから無理はすんなよ?」

「馬鹿者が! わしはまだまだ現役じゃわい! それとご先祖様って言うでないわ」

「ふふふ、流様もお達者で。美琴ちゃん、向こうに行ったら『ちゃんと可愛がって』もらうのですよ?」

「も、もぅ母上ったら変な事言わないでください!」

「では……名残惜しいですが、俺達は行きます」

「ええ、二人ともに壮健で」

「お前の爺様にもよろしくな、達者で暮らせよ」

「ありがとう。じゃあ、さようなら!」

「二人共お元気で! 母上、さらばです!」


 瞬間、時空石は眩い緑光を放つ。光が渦を巻くように広がると、二人の姿は徐々に薄くなり、やがては初めからそこに何も無かったかのように消え失せた。


「……行ってしまったか」

「ええ。こんな別れもあるものなのね……」


 二人は流と美琴が消えた石畳をじっくりと見つめる。

 今だうっすらと発光していたが、徐々にその光は消えていき、最後は蛍が舞うように小さな光を残しながら、ただの石へと戻るのだった。


 そして石畳の上には「妖刀・悲恋美琴」が静かに置いてあり、当初の触れる物を呪い殺すような禍々しさが消えていたのだった。


◇◇◇



 この後、悲恋美琴の生涯と言ってもいい活躍は、裏の歴史に刻まれることになり、以前とは別の道へと進む事になる。


 悲恋美琴は、双牙の手により異界骨董屋さんへ持ち込まれ、そこで美琴が覚醒するまで預かる事になる。

 やがて美琴が覚醒後、〆は美琴の自由にさせて各地を古廻の者と巡らせたり、一人でふらふらと何処かへ行って、何年も戻ってこない事もあったと言う。


 やがて一つの噂が、裏の世界を中心にして日ノ本中に広がる事になる。

 旅先で悲恋を持った美琴の霊が、悪妖を滅する姿を見て、美琴と関わった者の口から悲恋美琴の名は広まる。

 その刀の噂はさらに日ノ本を駆け巡り、刀匠とその師匠の名も同時に広がった。

 以前の時間軸とは異なり、悲恋美琴は妖刀なれど、邪を滅する刀として知れ渡る事となる。


 ――あれから数百年。今だ誰にも主として触れられた事の無い悲恋美琴は、主と出会うのを静かに待ち続ける。うっすらと覚えている感覚、また自分を優しく触ってくれるのを心待ちにして――



◇◇◇



 

 気が付けば白い世界に流と美琴はいた。

 そこは流が過去へ行く前に来た白い場所で、目の前には野点(のだて)が出来るように、畳が敷かれ、南部鉄窯には湯が沸かされていた。


「ここはあの時の場所、か?」

「何か怖い場所ですね……」

「コオオオオオオオオングラッチュレエエエエエエエエッショオオオオオンンンズッツ!!」

「キャアアアア!? な、何ですか貴方は!!」

「美琴さんや、幽霊が『キャアアア』とか言うなし。見ろ、変な野郎がドン引きだぞ?」


 そこには流が最初に会った、男女かどうか分からない存在ではなく、傾奇者が愛用しているような和装の男が背後に男がいた。

 身長は二メートル弱程で、(まげ)を高々に伸ばしたザンバラ髪に、右頬に『傾』と書いてあるおかしな男がいた。

 しかし解せないのがその男はとても美青年であり、やっぱり解せないが流と同世代ほどの日本人ベースのイイ男がいた。


「オイ! 幽霊に驚かれる俺様の悲しみがお前には分かるか!? いいか美琴クン、その『キャアアア』は幽霊を見たオ・レ・ノ台詞だ、馬鹿野郎おおおおおッ!!」

「まぁ分からんでもない。俺もお前の立場ならそう思う」

「なッ!? 二人共酷いです! なんて失れ――」

「ダロッ!! まあいい。馬鹿面してねーで、とっとと上がって来い」


 美琴の言葉に被せるように言う変な男は、背後にいたはずだったが何時の間にか畳の上にいた。

 流達が座るのを確認すると、男は見事な手前で茶を点てる。それを金継された曜変天目(ようへんてんもく)の茶碗で流達に差し出す。


「ほお! 曜変天目を金継(きんつ)ぎしたものか! これは見事だ、金と曜変天目の青が何とも美しい! そして――」

「な、流様落ち着いて。ハウスです、はうす」

「お……? 失礼した」

「ギャハハハハ! やっぱりお前は、そんなになっても古廻流だよ。で、どーだったよ。過去のアトラクションは?」

「そりゃあ最高だったぜ? 美琴ともこうして出会えたしな。で、仕組んだのはお前か? 糞ったれの馬鹿手帳」


 美琴は驚きの顔で傾奇者を見て、流は茶碗を片手に下品に茶をすする。


「ま、そんな所だな。時空神様より頼まれたってのと、何より流、手帳(オレサマ)を蔑ろにするお前への意趣返しだ」

「……チッ、そんなところだと思ったよ。で、試練は合格か?」

「残念だがそれは見事なくらいな。それと、これが最終試験なんだが……。お前、死んだ事は思い出したか?」


 その問いに流は目を閉じ、それからゆっくりと開くと、おかしな男の目を真っ直ぐ見つめてから頷く。


「ああ、それは過去に行ってから思い出した。美琴と同調しすぎて、そのまま眠る様に死んだって事をな」

「エザッタメンテ! 合格だ。ここで曖昧な認識で生き返れば、マジもんの妖怪(バケモノ)になり果てて、お嬢がお前を擁護しながら世界を滅ぼす未来しか見えねぇ」

「おいおい、何だその物騒な未来は?」

「きっとそうなるだろうよ。現に今、異世界では大イベント中だぜ? ヒャッハー!!」

「イベント? なんだそりゃ」


 傾奇者の意味不明な言動に困惑するも、男の次の言葉を待つ。


「この後すぐにお前は現世へと連れ戻される。今は『あちら』でバケモノ達が準備中みてーだから、ここで少し遊んでいけ」

「バケモノ……? 〆達が何かしてるのか?」

「あぁ~、そりゃもうスゲーぞ? なんせこの世の終わりのような、兄弟喧嘩をしてる最中さ。マジでチョーウケル! ギャハハハハ」

「何しちゃってるんだあいつら……」

「もしかして流様が原因とかですか?」

「もしも、しなくても、そう! 流の馬鹿野郎のせいだな、メイビ~百%」


 〆達の兄妹喧嘩を思い出すように下品に笑う傾奇者の変な男は、やがて落ち着くとゆっくりと話し始めるのだった。

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