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153:丑三つ時に妖刀は蠢く

「…………メリサ。確かに俺はトエトリーに、ずっと居られないかもしれない。だが、こんな状況を知らぬ顔は出来ないよ。メリサ達を見捨てて逃げ出すなんて、そんな卑劣な奴じゃないと約束するよ」

「はい……はい、信じています!」

「ああ、だからそんな顔をしないでくれ。すぐに戻って来るさ」


 今にも泣きそうな顔のメリサを見ているうちに、ふと流は思いつく。本当に何となくの思いつきだったが、それを確認するために壱へ声をかける。


「壱、居るか?」

「壱:はいな、何でっしゃろか」

「俺が装備している氷盾の指輪だが、これを一時的に貸し出す事は可能か?」

「壱:う~ん、そうでんなぁ……。出来なくは無いんやけど、指輪の中の人次第ですなぁ」

「あ~、なる程。聞いた通りだ、お前の力をこの娘に少し貸してくれるか?」


 そう流が指輪に向けて話すと、指輪が複数の女の声で答える。


『主がそう言うなら良いだろう。正し限定的にだ。主が戻られるまでこの娘を守護しよう』

「そうか、それは助かるよ」

「ナ、ナガレ様それは一体……?」

「ああこの指輪にはな、神様が宿っているんだよ。その神様がお前を守ってくれる、俺が戻るまで大事に指にしていてくれよ」


 そう言うと流は氷盾の指輪を外し、メリサへと渡す。


「はい、これで寂しくないだろう?」

「で、でででも!? こ、こんなのまるで……(恋人みたいじゃないですかあああ)」

「ん? 嫌か?」

「ち、違います!! 嬉しいです、本当に!!」

「なら持っておいてくれ」


 そっとメリサの手に氷盾の指輪を乗せると、そのまま両手で指を優しく丸める。


「じゃあな、無くすなよ? まぁ落としても勝手に戻って来ると思うけど」

「はい……。ナガレ様もご無事の帰還、お待ちしています」

「ああ、それじゃあまたな!」


 使い方を説明した後、流は去って行く。

 後に残されたメリサは指を〝ぎゅっ〟と握り、頬を染めたまま、バーツが来るまで呆けるだった。



◇◇◇


 帰館途中で嵐影へ挨拶する人がポツポツといるようになり、中には嵐影のアニキ! とか言うおかしなのも出始まる。

 そんな様子に嵐影は「……マ」と答えると、みんな喜ぶのだった。


「嵐影、おまえの人気は俺より凄くないか?」

「……マ」

「解せぬ……」


 そんなやり取りの後で、壱がひょっこりと流の肩に乗りながら話す。


「壱:それはそうと、古廻はんも罪な漢でんなぁ~」

「む? 何がだよ」

「壱:そらあの娘ですがな。あれは本気でっせ? もう顔真っ赤にしてまぁ、おいちゃん見てられへん」

「何を言っているんだお前は。メリサは寂しがり屋なんだよ、その裏返しで何時も冷たかったんじゃないのか?」

「壱:はぁ~。本当に鈍感系主人公を体現するお方でんなぁ」

「む、失礼な! 俺は女子の機微には自信があるんだぞ! ……あるんだよな?」


 昔からモテると周りからよく言われていたが、それがよく分かっていない流は思う。

 もしかして皆何か勘違いをしているのでは? ……と。


「壱:まぁ~そんな鈍感系ど真ん中ですから、あの女狐の誘いも効かないやろなぁ」

「俺ってそんなに鈍感か?」

「壱:そらもう、驚く程で」


 流は思う。こっちに来る前、彼女に紅葉を二つ作られた時の事を。

 

「あれは……綺麗な紅葉だったなぁ~」

「壱:なんかダメな事を考えている気がしまっせ」

「それはそうと壱よ。お前は普通に話す事は出来ないのか?」

「いやいや出来ますよ、ほら」

「うっわ、違和感半端ない!」

「失礼なお方でんなぁ~。僕も普通に話せまっけど、アレで慣れてたんで、そのままでしてん」

「妖怪って、みんなそうなんだな……」

「ちょ、違いますがな! 僕はそんな下等な存在じゃありまへんよ。立派な神の一柱ですよって」


 その言葉を聞いて驚く。


「は? お前がぁ?」

「ますます失礼ですなぁ、僕も愚弟も愚妹もみんなそうですがな」

「そ……そう言えば異超門を超える説明の時に、〆が言っていたような気もする……」

「まぁ今更何でもいいですがな。古廻はんがこっちがいいなら、このまま話しまっけど?」

「う~ん。じゃあしばらくこのままで?」

「了解でっせ!」

「エセ関西弁は治らんのでっか?」

「それはデフォルトやから無理でっせ!」

「デフォなのかよ……」


 他愛のない話をしながら幽霊屋敷の正門まで来ると、全員が出迎えて居てくれた。


「「「お帰りなさいませご主人様」」」

「お、おぅ。ホントに慣れないわコレ……」

「お帰りなさいませ古廻様。先程はその……失礼しました」


 特注であろう、黒を基調とした大島紬に銀糸をふんだんに使った着物に着替えた〆は、頬を染めて恥ずかしそうにしている。

 それをまた激しく愛でたい気持ちになるが、グッと我慢をして話をする。


「何を言う、最高の愛でタイムだったぞ!」

「そ、そうですか……」

「フム。毒婦はその辺りにして、本日はごゆっくりとお休みください」

「せやで~、明日からは地下で特訓やさかい」

「おや? 兄上は普通に話す事にしたのですか?」

「古廻はんがこっちが良いちゅうからな」

「違和感が半端ないですな」

「だろ? 俺もそう思う」

「失礼やなぁ。まあ慣れて~な」


 そんな感じで本日もなんとか無事に終わる。

 しかし美琴は今日の事を思うと、心配で心が落ち着かなかった。


 後にこの時の自分を思い出すと、ゾッとする……。

 どうしてこの人に、こんな酷い事をしてしまったのかと……。




 ――深夜二時の丑三つ時。


 流がスヤスヤと寝ているのを、美琴は……ずっと見ている。

 だがその鞘からは、妖気ではなく〝冷気〟と言ってもいい物があふれ出す。

 まるで実体化したほどの存在感であり、きっと流が起きていたらゾっとしただろう。


 それはやがて――。

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