4-18 棲龍館での一泊、宗司と司の場合
一行が車で移動すること数時間、周囲の景色が様変わりした。海風が吹き、潮の香りもずいぶんと濃くなってきた。どうやら1日目の宿泊予定地に到着したようだ。
「はーい、ここが、本日泊まる旅館の『棲龍館』です~」
車からぞろぞろと降りた一行に対して、澪が高らかに宣言する。外観は歴史を感じさせる木造造りの旅館である。かといって古めかしい印象はどこにもない。建物、壁面、庭に至るまで綺麗に整備されており、まごうことなく超が付くほどの高級旅館である。
「青葉様、皆さま、ようこそいらっしゃいました」
玄関にはずらっと数人の女性が並び、綺麗に揃って一礼して迎えた。一行に代表して声をかけたのは中央にいた女性。着物をきっちりと着こなし、年の頃は妙齢に差し掛かったあたりか。一般的な女将というには随分と若いが、この中で一番立場が上なことは間違いない。
「青葉様って~。所詮、私は青葉家の末席なのですから~、いつもみたいに澪でいいですよ~。あなたにそう呼ばれるとなんかムズムズしちゃいますよ~、麗華?」
澪にしては珍しく苦笑してそう言った。互いに随分と親しげな雰囲気がある。
「……澪様、今は仕事中ですので、そういうわけにはいかないのですよ。ご理解くださいませ。さぁ、皆さま、中へどうぞ。ようこそ、棲龍館へ。リリちゃんも足をお拭きになったらそのまま上がってくださって結構です」
「……随分と良い待遇なんだな。リリへの対応も文句なしだし、びっくりするよ。こんないい場所に泊まっても良いのか? それに他のお客さんとかも見えないし、まさか……」
司が恐る恐る澪に問いかける。そう、不思議なことに司たち一行以外に客の姿が見えないのだ。まさか、たった8人+1匹のために貸し切りでもあるまいし、非常に不思議である。
「今日は青葉家で貸し切りにしていますから問題ありません~。とはいっても、貸し切りなのはこの別邸だけなので、本邸は普通に稼働しているはずですよ~。それにここはちょっとした知り合いが経営している旅館ですから、結構融通が利くんですよ~」
そのまさかだった。青葉家で高級旅館の別邸を丸ごと1日貸し切り、費用は一体いくらかかるのか……聞くのが怖いくらいである。ちょっとした知り合いどころか、女将の麗華と澪は随分と親しい間柄に見える。
「司さん、澪は割といつもこんな感じですから驚くだけ無駄ですよ。それよりも夕ご飯にはまだ時間がありますし、浴衣に着替えてお風呂にでも行きましょう。リリちゃんは私がお預かりします。同じ湯船には入れないそうですが、お風呂場の横に大きめのタライを使ってペット湯を作ってくれたそうなので」
舞がそう言って、ひょいとリリを抱き上げる。お風呂と聞いてリリが嬉しそうに尻尾を振る。リリは司か橙花にだいたい毎日お風呂に入れてもらっており、もうすっかり慣れてしまっていた。お風呂はとてもお気に入りの時間の一つなのだ。それにしても司たち以外は澪の行動に慣れすぎである。一人あたふたしている司のほうが可哀想になってくる……。
「そうか! では、司は私と裸の突き合いだな!」
宗司、字が違う。それでは裸で殴り合いである。棲龍館でそんなことをした日には、1人寂しく外で一夜を過ごす羽目になるだろう。出禁にならないだけ100倍マシではある。
「それで、司は何を悩んでいるのだ? 気持ちよく入らないと温泉に失礼だぞ」
「いえ……、澪ちゃんって何者なのかなって思いまして」
今、宗司と司は湯に浸かっている。もちろん一矢の纏いもない、紛うことなき全裸である。俗にいう、お風呂で裸の付き合いというやつだ。
「ふむ。まぁ、秘密もちょっと多いが基本的にはいい子だ。舞が親友として認めているくらいだからな」
「それだけ……ですか?」
「それ以外に何がある? 私が考慮する必要があることは舞にとって害になるかそうでないかだけだ。害になるようならば排除するし、ならなければ特に何もしない。人は誰しも大なり小なり秘密があるものだ。私にだって秘密にしていることはあるし、司、お前にだってそうだろう? それを一々詮索していたらきりがない。人を見極める上で大切なのは、その根本に何があるか、だな」
宗司は湯船の縁に背中を預けて、大きく伸びをしながらゆったりと湯に浸かる。
「私が、人の成りを見るのは基本的に2つだけだ。悪意があるか、そして何を大切に思って行動しているか、つまりは行動理念だな」
「それはどうやって見極めるんですか?」
「私の判断の仕方が司の参考になるかはわからんが……まずは目だな。目ほど人の本質を映すものはない。5秒ほど視線を合わせれば大体の性質が解る。信頼するに値するかそうでないか。心に疚しいことがあるのかないのか……」
心理学でも目は非常に重要な要素を示す。日本のことわざにも目は口ほどにものをいう、という言葉があるがまさにそれである。うまく隠しているつもりでも何らかのサインや兆候は出てしまうのだ。特に瞳孔の僅かな動きまで見切ることができる宗司に死角はない。
「あとはだな……」
男たちの真面目な会話は粛々と続く。




