4-10 休日のお父さんのような日々①
どうせだからとヴォルフたちの様子を見るのと、差し入れを持ってプラントエリアへやってきた司とリリ。ここは屋敷の地下だが、かなり広いスペースが広がっており、ちょっとした運動などもできる。
司はリリと遊ぶついでに自分の日課の走り込みもしてしまおうと、駆けっこを始めたのだが……。司の予想とは違う結果が待っていた。まさしく想定外というやつだ。
「もう一回! もう一回やりたいです!」
リリがぴょこたんぴょこたんと跳ねて司にアピールしている。リリのこれはすごく嬉しい時や、楽しい時の仕草なのだが、果たしてあと何回やれば満足するのか……。
そう、リリの体力が底なしなのだ。しかも、久しぶりに司と遊んでいるからか異常なほどテンションが高い。アドレナリン全開で楽しくて楽しくて、疲労感も全然感じていないのだろう。限界を迎えたら、途端にパタッといきそうではあるが。
「ちょっと待った! 少し休憩してから! 休憩させて!」
司が堪らず悲鳴をあげる。
よくよく考えてみれば数時間から数十時間の間、ほぼ全速力で走ることができるリリ。方や、人間の域を出ていない司がどれだけ頑張っても速度も持久力も敵うわけがなかった。それに気づかずに駆けっこを始めた司の自業自得でもある。
「リリ、落ち着きなさい。司さんの言う通り、あなたも少し休憩をなさいな」
「うーー、でもでも……うーー」
リリの母親のルーヴが様子を見かねて助け舟を出した。まだ遊び足りない気持ちもあって、リリの心の内部では天使のリリと悪魔のリリのせめぎ合いが展開されていそうだが。しかし、母親に言われて遊んで遊んでモードだったリリもちょっとだけ冷静になったようだ。
「丁度いいから、持ってきた差し入れをみんなで食べようか。リリ、リンゴもあるぞ。もちろんルーヴ達の分もある。これそうならみんなを集めてくれ。これなくてもお土産として置いて行くからな」
司のこの一言が決め手だった。
「リンゴ! わーい!」
リリの尻尾の振りがぶんぶんと激しくなった。
先ほどまでの心の葛藤はどこへやら、一瞬でリンゴに心変わりしたのもご愛敬だろう。リリにとって、今まで食べたどの食べ物よりも、リンゴの位置づけは神級なのだ。そしてリンゴを食べることは何よりも優先される、リリの行動事項なのだ。
「あら? 私たちの分もあるのですね。嬉しいです。すぐ呼んできますね」
ルーヴがそう言って、他のウルの民を呼びに行った。大人だけあって表向きは冷静な行動に見えるが、その尻尾は緩やかに振られている。親子だけあって、食べ物の趣向も似ているのだろう。流石はリリの母親である。
司はルーヴが行ったのを見届けると、簡易テーブルなどのキャンプセットを組み立て始めた。ルーヴ達が戻ってくるまでに準備するのだろう。司の足元にはリリがまだかまだかとうろうろしていた。司を見上げるその目はキラキラと輝いており、リンゴへの期待の高さが伺える。
持ってきた鞄からリンゴやキウイやバナナなどの果物、塩を使わずにレンジでチンして作った鶏のジャーキー、ペットボトルの水などの差し入れをテーブルに出していく。司がざっとセッティングを終えたくらいで、ルーヴがヴォルフたちを伴って戻ってきたのが遠目に見えだした。ルーヴに急かされているのか、みんな小走り気味だ。
「司様、セッティングご苦労様です。果実の切り分けなどは私にお任せください。司様はお水の準備をお願いします」
そしてどこからともなく橙花も現れた。まるで司が準備を終えるのを見計らっていたかのような出現タイミングだった。
橙花は早速、懐からシュピッと果物ナイフを取り出して皮を剥き始めた。その手つきは凄まじく手際が良い。人間にとっては無害でも、果物の皮や種は動物にとって有害な成分や消化に悪いことがあるので食べさせる時には綺麗に取り除くことが重要だ。
「司、何やら食べ物をもらえるそうなのでやってきたぞ」
ヴォルフが先頭で7匹が到着した。ルーヴの集客力、恐るべし。全員緩やかに尻尾を振っている……。もう匂いで何があるのかがわかるのだろう。
「今、橙花が用意しているからもう少し待ってくれ。ヴォルフ、ここでの生活はどうだ? 不自由なことはないか? 今日は何をしていたんだ?」
「今日はいつも通り、交代で大樹様の護衛と戦闘訓練だ。特に危険もないだろうが、全員が大樹様の傍を離れるわけにはいかんからな。今も一匹は大樹様のところで待機しているから後で交代する予定だ。あと、ここは居心地が良すぎて困るな。特に狩りをしなくていいから仕方を忘れそうだ」
彼らからしたら、つい先日まで森で狩猟しながら暮らしていたのに、いきなり町に出てきて農業に転向したようなものだ。
「そうか……、それは何か考えないといけないな」
「司様、皆さま、用意ができましたよ。休憩にいたしましょう。ふふふ……もうリリちゃんが待ちきれない様子ですし」
司が今後の生活について考えようかと思った矢先に、橙花が用意を終えたようだ。リリはまだかまだかと簡易テーブルの前を行ったり来たりしている。
「せっかくだから、まずは食べようか。あとで、大樹様のところで留守番しているヤツにも差し入れを届けよう」




