4-8 本当の強さとは何か
「司よ。男に生まれたからには強くなければならん。力なき正義はただの蛮勇にすぎん。そして蛮勇とは愚か者のすることだ。時には冒険することも必要かもしれんが、生きて勝ち続けてこそ意味がある。ただし、正義なき、信念なき力はただの暴力だということを忘れるな」
唐突に宗司の座学が始まった。しかし、さっきの根性論3点セット+筋肉至上主義よりは遥かに正論である。いつも筋肉至上主義の宗司だが、案外、真面目なことも言えるのだ。
「いいか? むかしむかし、あるところに一人の男がいた。男の家は300年程続く武術の家系で、そこの家の長男として生まれた。当然の如く、跡取りとして幼いころから家の道場で武術の稽古をやらされた。しかし、男は武術の稽古が嫌いだった。どうにも人に手を出すということが苦手だったのだ。稽古で人の肉を打つ感覚、それが手に残って夜魘されもした」
何やら昔話が始まった。司は驚いているが、とりあえず宗司の話を聞くことにしたようだ。しかし、何やら具体的なことも含まれている気もする。
「嫌々ながらも稽古を続けて数年経ったある日、男に変化が訪れた。男に妹が生まれたのだ。今まで何を目標にしていけばいいかわからなかった男に、この日から目的が生じた。自分は妹を守らなければいけない、と。それからは嫌いだった稽古もほんの少しだけ楽しくなった。相変わらず、人を打つのが苦手なことには変わりはないが」
宗司は一体何を司に伝えたいのか。
「やがて妹は成長して、男と同じく武術の稽古をしたいと言い出した。男は妹に武術なんてやってほしくなかったが、本人が言い出したことだけに止めることもできなかった。結果として、男は妹に自分が歩んできた経験を一生懸命教えた。妹も男の言うことを素直に聞いて真剣に答えた。日に日に、2人は一歩ずつだが、確実に強くなっていった」
「しかし、ある日、事件が起こった。朝、2人で道場の清掃をしていたところに暴漢がやってきた。暴漢に襲われ、男は妹を守って深手を負った。その後、一命はとりとめたものの、後遺症が残り、下半身が全く動かない身体になった。男は後悔した。何でもっと真剣に稽古に取り組まなかったのかと、何で自分には大切なものを守る力がないのかと。動けない身体になって、今更そんなことを思ったとしても意味はないのだがな」
宗司は当時の自分のことを思い出したのか、ふっと、自嘲気味に微かに笑った。
「それで宗司さん……その男の人は、その後どうなったんですか?」
司は何となくだが気づいているのだろう。宗司が話している内容が、余りにも具体的すぎることに。ああ、これは実際に在った話なんだな、と。
「その男はな、愚かにも諦めなかった。一人で考えるよりは二人でと、男の父親も親身になって一緒に考え続けた。どうやったら再び動くようになるのか。どうやったら強くなれるのか。どうやったら大切な人を守れるのか。ただそれだけを考え続けていた。2人で色々な方法を試し、リハビリに励み、そして、ついにある方法にたどり着いて……救われた」
話している宗司の顔に浮かんでいるのは後悔の念と、歓喜。
「幸運にも男にもう一度だけ与えられた機会。それから男は毎日死にもの狂いの日々を過ごした。周りから見れば、男の行動はきっと狂っていると思われただろう。だが、周りに何を言われようが、どう思われようが、男はもう二度と後悔したくなかった。今、自分ができる最高の努力をし、最高の結果を出す。事件の後、男の心の中には、今も昔もただそれだけだ」
「司。お前は、この男のように後悔することにはなるなよ? 誰もが2回目のチャンスを与えられるとは限らない。たまたまの幸運を当てにするな。今、自分ができることの最大限を考えろ。できること、できないことを正しく認識しろ。司がこれからしなければいけないことは、司自身にしかわからない。自分を見つめて答えを考えるんだ」
「この男も1人で問題を解決できたわけではない。困った時や悩める時に、人に頼ったり相談したりすることを忘れるな。お前は一人じゃない。お前には信頼できる人たちがいるはずだ。決して、その人たちの存在を忘れるな。私は……、いや、これは言うまい。もちろん私も舞もそのうちの一人だからな? 何でも遠慮なく言うと良い」
「わかりました。宗司さんありがとうございます。俺も先日死ぬかと思ったばかりですからね。しっかり考えてみます」
宗司はうんうんと満足そうに頷くと、司の肩をがしっと掴んだ。
「それはそれ、これはこれとして……身体を鍛えることは別だぞ? 人間は体力が資本だからな。さあ、まずは走り込みから行くぞ! 限界まで走って、今の自分を超えろ! 今日の自分とは、さよならバイバイだ! ふははは! ついてこい!」
宗司に引きずられて道場の外に飛び出だしていく司。
宗司から割といいことを聞いて余韻に浸る司に、平穏の時は訪れるのだろうか。これから地獄のパンプアップトレーニングが待ち受けているとは夢にも思わない司だった。
一方、道場の外廊下に一人聞き耳を立てて内部を盗聴していたスパイがいた。この行為がいけないこととは知りつつも、宗司と司が話し始めたところでどうしても内容が気になってしまったのだ。
「宗司兄、ごめんなさい……そして、ありがとう」




