4-5 武神宗司という男の生い立ち①
武神宗司は、今から約25年前、当代当主の巌と妻である凛の長男として、この世に生を受けた。
今でこそ、あんな奇想天外な筋肉マンなキャラクターなのだが、意外にも元からあんなだったわけではない。当時を知っている人の一人はこう証言している。
「子供の頃の宗司は、背が周りの同世代の門下より小さく、身体も筋肉以前にガリガリで、見ていて心配になるくらいだった。それに周りと争うことが嫌いで、よく稽古の合間に道場の外で泣いていた。正直、当時の様子だと、とても武神流を修められるような器ではなかったのを覚えている」
また、ある一人はこう証言している。
「宗司ですか? 子供の頃は線が細くて、かわいらしい女の子みたいな子でしたよ。ご飯もあまり食べるほうではなかったので、背も身体も小さいほうでした。自分よりも身体の小さい舞ちゃんにすら泣かされちゃうくらいで。武神流ですか? あの子には向かないでしょうね。喧嘩しても、相手を傷つけるくらいなら自分は手を出さない優しい子ですから。でも、例え武神流の跡目になれなくても、私にとっては自分のお腹を痛めて生んだ可愛い可愛い子供ですよ」
お分かりいただけただろうか?
このように宗司は、恵まれた身体に生まれたわけでもなく、武神流を修めるのに向いた性格をしておらず、幼少の頃より英才教育を施されたわけでもない。むしろ、その真逆。現在からは全く想像もできない状態だった。
それでは、なぜ? どうして? どうやって? 今の宗司が出来上がったのだろうか。
彼の人生のターニングポイントは、舞が5歳の時に起きた事件がきっかけになる。
つまりは宗司が12歳の時のある朝に起きた。
当時、お世辞にも武神流を嗜んでいたとは言えない状態の宗司は、嫌々ながらも道場で早朝の清掃をしていた。彼は、武術は嫌いだったが、朝の清掃などの作業は決して嫌いではなかったのだ。その日は初めて舞が道場を使い始める日だったため、教えるためにも舞と一緒に作業をしていた。それは彼にとって、生涯で初めて人に教える作業だったと言ってもいい。
「舞、いいか? 道場は毎日綺麗にしないといけないよ? 毎日使わせてもらっている感謝を伝えるためでもあるんだ。これに手を抜いちゃいけない。それにこれをすることで心を落ち着けて、この後の稽古に繋げる意味もあるんだ」
「わかった。お兄ちゃん」
5歳の舞に、宗司の話を100%理解できたかどうかはわからないが、幼いながらも真剣に聞いて頷く姿は微笑ましい。それにしても、この頃の舞はとても素直で真面目な性格をしているようだ。宗司への態度も普通の妹そのものだ。いや、今でもその根幹は変わっていないのだ。まぁ、そんなこと言ったら、現在からは想像もできないくらい紳士な宗司のほうが、まるで別人である。いい意味で、だが……。
その後も2人で道場の清掃を行っていく。掃き掃除から始まり、床の雑巾がけを隅々まで。12歳と5歳にとって、それはかなりの重労働である。しかし、2人は文句の一つも言わず、黙々と作業を行っていた。実際、この宗司の教えがあったからこそ、現在でも舞は決して作業に手を抜かない。この頃の宗司の真剣な姿が、今でも目に焼き付いているからだ。
朝の作業が一通り終わるか終わらないかくらいになったその時、事件は起こった。今の時間、家族以外の誰も来るはずのない道場に、第三者が現れた。その人物は荒々しく扉を開けて道場内に土足で入ってきた。
「あなたは誰ですか? しかも土足で。今はまだ稽古の時間ではありませんよ」
「……ガキのくせに、相変わらず生意気な。おい、巌を呼んで来い」
この第三者の正体は元門下。先日、街中で一般人への暴力行為で警察に捕まり、傷害罪で有罪になっていた。そして同時に、当主の巌から破門を申し伝えられていた。力なきものを守るべき立場である武神流に置いて、理由なき暴力は禁忌だからだ。今回の行動も逆恨み以外の何物でもない。
元門下でありながら、宗司が知らないのは偶然だったのだが、元門下が纏う不穏な空気に宗司は眉をしかめ、雰囲気に怯えた舞は即座に宗司の後ろにしがみ付いた。
「どこの誰かは知りませんが、道場に土足であがるような、礼儀も何も無い人の言うことを聞かなければいけない理由はありません」
宗司は乱暴な申し出をきっぱりと拒絶した。
「……後悔するなよ」
元門下は急に駆けだすと宗司に掴みかかった。否、掴みかかろうとしたが、宗司は手に持っていた箒を使って相手の腕を捌くと、くるりと一回転させて足を払った。元門下は向かってきた勢いそのままに、強制的に前回り受け身をさせられた。
「舞、離れていなさい」
恐る恐る舞が道場の隅に離れていき、同時に元門下も起き上がる。元門下は、年下にいいようにあしらわれたためか、怒りの表情が浮かび、さらに襲い掛かってきた。
しかし、宗司に何度となく向かってきては捌かれ躱され、向かってきては転がされる。宗司は嫌々ながらも何年も武神流を学んできているのだ。体格こそ小さく攻勢に出れなくとも、そこらへんの適当なモブ役に正々堂々で負けるはずもない。こうして改めて見ると、案外この頃から才能の片鱗が見え隠れしていたのかもしれない。
素手では手も足もでないと思ったのか、元門下は懐から刃物を取り出した。それを見た宗司は顔を顰めて、
「道場内で刃物を出すとは、無礼者を通り越して愚か者でしたか……」
「……くそがきが、殺してやる!」




