3-27 比類なき脳筋、武神流・剛、武神宗司③
死兵として生まれた魔獣は恐怖を感じない。痛みを感じない。
だからといって、己の肉体が損傷した状態で、満足に活動できるわけではない。
腕がなくなれば、物がつかめなくなる。脚がなくなれば、歩けなくもなる。そして生物にとっては当然の如く、脳や心臓が止まれば、ほどなくして息絶える。魔獣は生物として歪なだけで、舞も判断したとおりに、外見はともかくとして構造上は人間と同じく哺乳類がベースであり、決して生き物の域を逸脱しているわけではないのだ。
地に膝をついた魔獣の内臓は、宗司の一撃を受けてかつてないほどのダメージを負っていた。自分の意思とは関係なく、膝が笑って立ち上がることができない。そして、不意にこみ上げてきた感覚そのままに嘔吐して、地面に吐瀉物を巻き散らかす。
野生の世界では弱肉強食が絶対の理。魔獣自身も己の本能に従って、その理に従って生きてきた。この世界の生態系で上位に位置する魔獣には弱者の立場になる経験などありはしない。今、自分は一体、何と戦っているというのか。しかし、魔獣の頭に初めて浮かんだ疑問に答えてくれる者は現れるはずもない。
魔獣は力を振り絞って立ち上がり、宗司に向かって駆けだした。再び繰り出した渾身の攻撃は、宗司の身体に……当たらなかった。もちろん外したわけではなく、宗司が事前に手を添えて攻撃の軌道をずらしたからだ。
その後、幾度となく拳を繰り出すが、宗司はその全てを冷静に受け流していく。そして、魔獣が大振りに右ストレートを繰り出した時にそれは起こった。魔獣の攻撃を宗司は左手で攻撃を受け流した動きを生かしてコマのようにその場で一回転した瞬間、魔獣は真横に吹っ飛んだ。
魔獣には何が起こったかわからなかった。気づけば自分の身体は地面をゴロゴロと転がっていた。宗司は、攻撃してきた魔獣の胴にカウンターで回し蹴りを叩きこんだのだ。
魔獣は初めての感情に囚われていた。自分のほうが、力が強いはずなのに、攻撃しては止められ、いなされ、躱される。自分のほうが、身体が大きいのに、気づけば地面を這っている。何をしても敵わない。
今、魔獣が感じているものの名は、絶望。世界の勝者から一転、敗者へと転がり落ちた瞬間。
これは……勝てない。魔獣は無意識に、目の前の圧倒的強者に目を向ける。その濁った紅い目には、かつての野生の光は無く、ただ己の死を受け入れた獣の哀愁が漂うだけだった。そのことに、すでに宗司は気づいているのか、あの鬼のような形相はどこへやら、まるで死者に祈りを捧げる牧師のように穏やかな表情をしていた。
そして魔獣は悟った。ああ、自分の獣生は、今ここで潰えるのか、と。
「さらばだ」
宗司の最期の言葉とともに、魔獣の意識は、そこで途切れた……。
トドメを刺した宗司は、いつものように倒れた魔獣に両手を合わせて黙祷を捧げていた。相手がどんなに憎い存在であったとしても、死ねばそこにあるのはただの肉と骨。自分と戦ったものには必ず敬意を表すこと、それが彼のポリシーであり、自分が命を奪ったことに対する相手への礼儀だった。
「せめて、苦しまずに逝け。……しかし、いつも思うが、命を絶つのは嫌なものだ」
しかし、そんなセンチメンタルな余韻はどこへやら。黙祷を捧げてしばらくして、宗司は奇妙なことに気が付いた。
そこに倒れていたはずの魔獣の身体が、一部分を除いてすべて砂のようなものに変化したからだ。死んだら砂になる生物。宗司には意味が分からない。
「これはどういうことだ? ……まぁ、考えてもわからん! ん? これは……」
宗司が手に取ったのは魔獣の身体で砂にならなかった唯一の物。血のような紅い色をした拳大の結晶。それは魔獣の頭部の辺りから出てきた。重さは普通の石より少し軽いくらいだが、手に伝わってくる感覚から想定すると、かなりの硬さがある。鉄か鋼か、宗司なら握りつぶせないこともないが、少なくとも金属並みの硬度があることがわかった。
「なんだかわからんが、形見としてもらっていくか。あとで司にでも渡せばいいしな。……おっと、それよりも早く舞を追いかけないと」
宗司は指を口に当てて大きく息を吸い込むと、ピィイイイっと、電車の警笛かと思うくらいのありえない音を鳴らしてどこかに合図を送った。この男、何をやらせても規格外だ。もっと常識とはどういうものなのかを勉強したほうがいい。
しばらくすると、軽い地鳴りを響かせて、サイのようなフォルムの生き物が2頭現れた。宗司はそのうちの1頭に跨ると、舞の後を追うべく、森の中に入っていったのだった。
宗司が去ってからしばらくして、砂のようになった魔獣の残骸に近づく者がいた。姿形は人間に酷似しているが、纏う雰囲気が異質の一言。そして何より、人間とは明らかに違う点として、魔獣と同じく血のように紅い両眼を持っていた。
「……マザーから言われて来て見れば、いやはや、これは一体どうしたことですか。例え、我々の先兵如きの出来損ないといえども、まさか他の生物に負ける体たらく。生み出して頂いたマザーへの恩を返せもしないとは、この一族の面汚しめが」
その何者かは、砂になった魔獣の中を漁ると、紅い石の欠片を探し出した。
「ふむ、この出来損ないは核を2つ持っていたはずですが……この様子だと2つあった核を1つは砕かれ、もう1つは持っていかれましたか。仕方がありません、これは回収するのが難しそうですから、諦めますか。それにしても、頑丈さだけが取り柄のD級を倒せるような生物はこの辺にはいなかったような気がしますが、一体誰にやられたのでしょうかね?」
その何者かは、砕けた欠片を素早く回収すると、足早にその場を後にした。
「これで計画が少し変更になってしまいますが……まぁ、誤差範囲内ですから、いいとしましょう。もうすでに古き大樹は枯れ、守護者も数えるくらいにまで減らせましたからね。あとは放っておいても、そのうち勝手に森と一緒に絶えるでしょう。次は、遅れているあちらの計画を進めなければいけませんね……はぁ、なかなか計画通りに事が進まないものです」
「すべては星の意思たる母のために」
最後に不吉な言葉を残して……。




