3-24 武神流が守るべきもの
「……宗司兄、邪魔をしにきたのですか?」
「なかなか苦戦しているようだが、舞、ここは私に任せて、お前はそこの狼と先に行け」
「それは、私の、獲物ですよ?」
そうです。やっと面白くなってきたというのに。正直な話、さっきは一瞬ひやっとしましたけど。あれをもし食らっていたら、ちょっとまずかったかもしれません。
「……舞よ、お前は少し頭を冷やせ。お前の今の役目はなんだ? ここで、こいつと最後まで戦うことか? それとも、ここは俺に任せて先に行き、司を助けることか? 目的を間違えるなよ?」
「思い出せ、舞よ。武神流を始める時に親父に何を言われた? 代々口伝されてきたことには意味がある。武神流はお前に何を教えた? 武神流の、初めての教えは、何があっても負けない、のはずだ。それは、勝負したら必ず勝たなければならない、という意味ではない」
「時には、卑怯と罵られようが複数で挑んでもいい、時には、逃げることもあるだろう。だが、武神流の信念は何人にも負けてはならない、折れてはならない。どういう過程を経ようが、どういう手段を選ぼうが、最後には、必ず、われわれは勝つ」
「なぜならば、腕を振るう私たちの後ろには戦えないもの達がいるからだ。守らなければならないもの達がいるからだ。お前は自分の守るべきもの達を置いて、一体どこへ行くつもりだ? お前が今、最も守らなければいけないものは何だ?」
……くっ、この脳筋ゴリラに正論を諭されるとは……悔しいですが、宗司兄の言う通りです。ふう、完全に頭に血が上っていました。脳内にアドレナリンが出すぎて、考える能力もかなり低下していました。これではどちらが脳筋かわかったものじゃありませんよ。今、私が最も優先しなければいけないのは、司さんとリリを守ることです。
「ごめんなさい、宗司兄。この場は任せます。リリ! 一緒に先に行きましょう!」
私はリリに呼びかけると、リリはすぐに察して私のほうへ走り出してきました。すれ違い様にリリに捕まると、そのままの状態で森のほうへ向かいます。
ごめんなさい、司さん。私が未熟なせいで、少し無駄な時間をかけてしまいました。
「さて、舞も無事に行ったことだし、こちらはこちらで心置きなく死合おうではないか」
この魔獣は殴れば大地を抉るほどの力を持つ。先ほどは舞によって、力を増幅していた右ひじの石を砕かれたが、それでも普通の人間であれば一息に潰せるだけの力は残っている。
そして、その腕は依然として宗司に向かって振り下ろされたままである。そんな怪力無双な力を受けているにもかかわらず、宗司はまったく微動せず、軽い調子で魔獣に話しかける。
「随分と可愛い妹が世話になったようだからな。今度は私が存分に相手をしてやろう」
舞の時にも感じた苛立ちを圧倒的に上回る規模で、魔獣の眉間に深い皺が寄る。それはまるで、自分よりも力が強いのが不快だ、とでも言わんばかりの怒りか。自分の獲物を取るのを邪魔された怒りか。そして何より、目の前の宗司へ対する苛立ちによる怒りか。
「ふむ、その顔、どうやらひどくお怒りの様子だな。まぁ、お前からしたら獲物を横取りされたようなものか。その気持ちは、わからんでもないぞ」
魔獣は受け止めている宗司を地面に押しつぶそうと両腕に全身で体重をかける。魔獣は体長3メートル、推定で体重1トン以上はあるだろう。地球で言えば、人間vsホッキョクグマ、がっぷり四つに組み合って相撲をしているようなもの。普通に考えて非力な人間には為す術もない。
「だが、それはこちらとしても同じこと。世界でたった一人の、俺が最も守らなければならない最愛の妹に、お前は手を出したのだから」
宗司の全身から怒気が吹き上がる。それと同時に、その怒気に比例するかのように、穏やかだった宗司の顔もまた鬼のような形相となった。それは普段は決して人に見せることのない、そして最愛の妹の舞には絶対に見せるつもりもない、圧倒的な暴力の塊。
武神において剛とは、力の象徴。魔獣との10倍以上の体重差を、その怪力を、宗司はものともしない。
「お前は、俺の逆鱗に触れたのだ。悪いが、ただで済むとは思うなよ?」
なぜ、宗司が、武神の同門から剛の兵と言われるのだろうか。それは、決して、褒め称えられて、周りから言われているわけではない。
それは、飽くなき闘争心。宗司は何人にも臆さない。
それは、無双の力。己の肉体と技の研鑽こそが至高の使命。
それは、心に秘めたる覚悟の証。武神流は、守るべき者のために。
その者、現世に在りて、まさに鬼神の如き。
普段、穏やかに笑っている宗司が見せる、別の貌。
宗司は、守るべきもの達のためならば、どんな手段をとることも厭わない。
例え、全てを壊したとしても、例え、己の心と体が真の鬼と成り果てたとしても、ただただ、武神の信念に忠実であれ。
我は武神、古より、猛きこころと、無二たる力の化身なり。
周りの人達は宗司のことを、その愛すべき脳筋な姿に、そのどこまでも愚直に己を通す姿勢に、その決して揺らぐことのない不屈の信念に、数多の畏怖を込めて、剛の兵と呼ぶのだ。
「さぁ、覚悟はいいか?」
己の信念をかけた、当事者以外は誰も知る者のいない宗司の戦いが、今……始まる。




