3-16 我ら武神の一族、古より猛きこころと無二たる力の化身なり
女性の名前は橙花さんとおっしゃるそうです。なんと言いますか、まさに生粋のメイドさんですね。兎神さんと一緒にいるということは、司さんの家の方なんでしょうか?それにしても、服の上からでも確認できるくらいお胸様の存在感がすごいです。くっ、なんという敗北感でしょうか…。こんなに打ちのめされたのは澪以来です…。リリのお世話をしている橙花さんをチラチラと横目で見つつ、私も濡れた髪や服をタオルで拭きます。完全には無理ですが、しないよりははるかにマシな状態になりました。
車に乗って武神家まで帰ってきました。移動している間、兎神さんから簡単に説明を受けました。司さんが仕事中に何かがあったこと、リリがそれを予感?してお屋敷を飛び出して私に会いに行こうとしたこと、そしておそらく時間があまりないこと。大事じゃないですか!
私は車を降りると、兎神さん橙花さんを従えて(リリはまだ意識が戻らないので、橙花さんが抱きかかえています、心配です)、すぐに道場に向かいました。この時間だとお父様は道場にいるはずです。道中で門下の一人を捕まえて、宗司兄とお母様も道場へ急いで呼ぶように指示します。
「お父様、お話があります。人払いを」
道場の扉を開けて、お父様を視認するとすぐに火急の知らせであることを伝えます。門下が何人か稽古中でしたが、私のあまりの真剣さにみな驚いているようでした。
「ふむ。お前たち、聞いていたな?少しはずせ」
門下が道場を出ていくと交差するように宗司兄とお母様が入ってきました。念のため周囲の気配を探って人払いできているのを確認すると、先ほど聞いたことを伝えました。一通り話し終えて、兎神さんに視線を向け、確認を取ります。
「ここからのお話しは、聞いたら後戻りはできません。それでもよろしいですか?」
ここで尻込みするような人は、私の家族にはいないでしょう。もちろん、私もですが。兎神さんの説明が始まりました。内容は、司さんは今地球とは異なる世界にいること、司さんの仕事の内容は『彼の地』と呼ばれる世界で資源を調達すること、そこで何らかのトラブルに巻き込まれたこと、トラブルの内容はおそらくだが高確率で命の危険があること、助けに行くには『資格』が必要なこと、理由があって自分たちは助けに行けないこと、そして最後に行けば命の保証ができないこと。にわかには信じがたい内容ですが、リリがあんなにボロボロになってまで私の元に走って伝えようとしたのです。信じないわけがありません。
「それでは皆様、ここで『覚悟』を示してください」
穏やかに語りかける声とは裏腹に、不意に兎神さんから威圧が飛んできました。しかも、背筋が凍りつくようなすさまじい気配です。この人は、一体、何者ですか!?
強い言葉には魂が宿ります。古来より言霊と言われる所以はそれにありますから。お父様、お母様、宗司兄も全員が、兎神さんが放つ雰囲気に飲まれたように見えました。私自身は威圧を受けて、まるで世の中の時間が停止してしまったかのように錯覚しているくらいです。この中で普段通りみたいに平気な顔をしている橙花さんが信じられません。
「『覚悟』を示せなどと、笑止」
その凍れる時の中で、最初に動き始めたのはお父様でした。
「舞」
一言、たったのその一言で、私にはお父様の心意がわかりました。あまりにも力の満ちた声に、不覚にも一瞬背中がゾクッとしてしまいました。それと同時に私の止まっていた時間も氷解します。それにしても、こんなにお父様が頼もしいと思ったことは初めてです、いつもはアンポンタンなお父様にもこんな声が出せるとは思いもよりませんでしたよ。ほんの少しだけ、ほんの1ミリくらい見直しました。
「お前が行け。もとよりその腹積もりだったろう?何をそんなに悩む必要がある。我らは武神流。その本懐を忘れたか?私は、お前を、そんな軟弱に育てた覚えはない」
私はお父様に目を向けると、視線にできる限りの力を込めて発声しました。
「「「「我らは古より続く、武神の血統。如何に敵が強大であったとしても、例え無手になろうとも、ただただ前陣し、屠るのみ」」」」
お父様、お母様、宗司兄と4人の声が重なりました。そうです、何を悩む必要があるのですか。我らは武神、ただ前に進むのみです。この話を聞く以前に、司さんに会ったあの時に、もう決めていたのです。司さんに困ったことや一人では解決できないことがあったときは、私は必ず助ける、と。
「…合格です。舞様、司様を、どうか、どうかよろしくお願いいたします」
兎神さんと橙花さんは深々と頭を下げて、土下座までしてお願いしてきました。兎神さんのその手は硬く、血がにじむほど硬く拳が握られていて、冷静沈着に見えるその顔の奥に、すさまじい激情と葛藤があるのがわかりました。この人にしてみれば、今は私という年端もいかない小娘に縋るしかないのです。あれほどの闘気を放つ方ですから、自らの手で司さんを助けに行けないことは悔しさを通り越して無念でしょう。
「では、お父様、お母様、宗司兄、行って参ります」
私は座して一礼すると、道場を後にしました。もはや私の歩みに迷いはありません。
「宗司」
「はい、わかっていますよ。私も舞について行けばいいんでしょう?」
「うむ。舞の手前、格好つけて、ああは言ったものの、可愛い可愛い一人娘が心配でないわけがない。むしろ心配すぎて私が付いていきたい気分だ。宗司、わかっているな?ついて行って影ながら舞を助けてやってくれ。万が一にもケガなどさせるなよ?お前がついて行って、もし傷物にでもさせたらどうなるかわかっているな?許さんぞ?絶対にだぞ?」
「あらあらまあまあ、だめですよ。宗司、お父様の戯言なんて無視して結構です。気を付けていってらっしゃいな。もちろん、あなたもケガなんてしてはダメですよ?二人とも、私の可愛い可愛い子供なんですからね」
「母さん、ありがとうございます。もちろん、相手が誰であれ、不覚なんぞ取りませんよ。武神流は『負けない』、この一点にすべてを集約していますからね。それに、例え私が付いて行かなかったとしても、舞なら無事にやり遂げますよ。母さんも見たでしょう?舞のあの顔を。あの迷いのない一点の闘志を。あれは既に武神の兵の顔ですよ。兄としても、妹の成長が嬉しい限りです」
「おいおい、お前たちそれはないのではないか?父親の威厳というやつがな、私にはあるではないか?それを、ここではビシッと示してやるのが恰好いいのではないか?それが真の父親の姿というものではないか?私にも立場というやつがあるではないか?」
「はいはい、お父様は、もう黙りましょうね」
という会話があったとか、なかったとか。




