7-13 それがわかっているならば、好きにやりなさい
動けるようになった司は、武神家を訪れていた。
「お、司殿、久しぶりですね。お元気でしたか?」
「今まで司さんと喧嘩でもしていたんですか? 時々、舞さんの機嫌が悪くて敵いませんよ。最近は、とても表情が明るくなって助かってます。絶対に円満でいてくださいね」
「今日は稽古に来たんですか? あ、母屋のほうですか。師範たちがお待ちなら引き留めていたら悪いですね。また、後で時間がある時にでも」
1年くらい来ていなかったにも拘わらず、司を見かけた門下生たちはいつもと変わらずに声をかけてくれた。
何も変わらない武神流の人たちに感謝しながら、武神家の母屋に足を運ぶ。
昏睡していた間、舞や宗司にかなりの迷惑をかけていたのだから、その親に一言挨拶に行くというのは司として普通の考えの行動だった。
しかし、実際に客間に通されて巌と凛の顔を見た時は、正直逃げ出したくもあった。
2人に何を言われるかが、怖かったのだ。
「うむ、無事に復帰したようでよかった。最近、娘は反抗期になったみたいで、中々会話をしてくれなくてな。先日、珍しく話しかけてきたかと思ったら、司の目が覚めたと報告受けたぞ」
「そうですか? 舞ちゃんは、私にはちゃんと報告してくれてましたよ? むしろ何か良い知恵はないかって相談されてましたから。巌さんのほうにはなかったんですか?」
「え?」
話してみれば普通の対応で司は胸を撫で下ろしたのだが、別の意味で衝撃の事実が発覚して、危うく舞の父親の巌が家出をしそうになった。
「あの……巌さんは良いんですか?」
「あそこで拗ねている人は放っておいて構いません。そのうち元に戻るでしょう。それよりも、私たちには重要な話題があるでしょう?」
ごくり、司が喉を鳴らすのが見て取れた。
重要な話題、それは1つしかない。
「孫は、いつですか?」
「はい?」
真面目な顔をして凛が言い切ったので、司は理解が追いつかなかった。
「孫の顔を見れるのは、いつになりますか?」
「えーと、いつなんでしょうね?」
大事なことなので2回言いましたと言わんばかりの凛に対して、司は予想もしていなかった内容で答えを用意していない。
無言で見つめ合ったまま、気まずい時間だけが過ぎて行ったのだが、
「……というのは冗談です。お仕事のほうはどうですか? 舞ちゃんが役に立ててるといいのですけど、あの子は切羽詰まると視野が狭くなりがちなので」
「いえ、感謝していますよ。俺が不甲斐なかったばっかりに舞には随分と苦労させてしまいました。これからは俺が舞を色々と気遣ってやらないといけないですから」
本気か冗談かわからないような口調の凛だったが、話題が変わったので事なきを得る。
「それで身体が万全になったら、また行くのでしょう? 怖くはありませんか?」
「ええ、行くつもりです。俺にどこまでできるのかわかりませんけど、あちら側での約束もありますから。恐怖は勿論ありますよ。でも、正常に恐怖を感じられることで次は安易な選択をしないように考えることができる。みんなから教えてもらいましたよ」
前回は、司は自分が傷つくことに恐怖を感じていなかった。
ここで自分が犠牲になれば、舞たちが助かる。だから、迷わなかった。
そして、実際にそれを決行して、舞たちは無事だったし、脅威も取り除くことができた。
だけど、それは間違っていることに気づいた。
司が安易に自己犠牲を選択したから、残された司を大切に想っている人たちの、心が傷ついた。特に舞は自分をこれでもかと言うくらい責めたし、涙も枯れ果てた。
「ふふふ、それが理解できているなら合格です。仮にも武神流を汲んでいるのですから、守る者のためにも、障害は全てをなぎ倒すつもりで行きなさい。自分に力が足りなければ、知恵を絞りなさい、周りを頼りなさい。あなたの仲間は、あなたが思っている以上にあなたを大切に想って、助けになってくれるはずです」
「そうだ。武神流は大切なものを守るという理念そのものだ。そこに、自分が含まれなくてどうする? 大切な人を失い、残された者の想いを理解した今の司ならばわかるだろう? 自分を守れない者が、他人を守りたいなど烏滸がましい。男ならば、全てを守って見せろ」
「ええ、ありがとうございます。次は、間違えません」
肝心な部分で漸く復活した巌が格好良くキメ台詞を言ったつもりのようだったが、良いところを取られてしまった凛からこの後どういう扱いを受けるのかは考えたくない。
「それで、孫はいつかね? 娘にも聞いているのだが、恥ずかしがってか全く話してくれん。一緒に住んでるのだから、ここは男の方からリードしてだな……もちろん子供が出来たら結婚する気はあるんだろう? あるよな? あると言え!」
「ええ!?」
「おっさんの与太話は放っておいて構いません。まぁ、細かいことはあなたたちに任せますので好きにしなさいということです。両親公認なのですから、若者が気に病むことは1ミリもありません」
やけに笑顔な2人に見送られて武神家を後にした司は、達成難易度の高い新たなミッションを受けることになってしまった。
そう言えば、最近の舞は随分とグイグイ来ている気がするのはこの2人の影響なのか? と下手に勘ぐってしまう司であった。




