7-11 心境の変化
舞は暗闇の中で目が覚めた。
すぐに目が暗順応して周りを見渡すと、どこかの部屋のソファーで寝ていたようだった。
「あれ? いつの間に寝ちゃったんだろう……何してたっけ?」
ぼんやりした思考をフル回転させて、寝る前に何をしていたのかを思い出そうとするが寝起きの頭は中々仕事を再開しない。
「えーと、司さんが起きて……そうです! 司さんが!」
舞が立ち上がってベッドの上を確認すると、規則正しい寝息をしている司の顔が見えた。
生気を伴った顔色、上下する胸元、それは以前の昏睡とは違う、睡眠。
「よかったぁ……夢じゃなかった」
へなへなとその場に崩れ落ちた舞。
「舞さん? どうしたんですか?」
司の隣で寝ていたリリが、物音を立てた舞に気づいて声をかけてきた。
「リリ、司さんの様子は……」
司さんは寝ているだけですよね?
何度確認しても、舞にはあれが夢だったらどうしようという不安が消えない。
「大丈夫ですよ、今はただ寝ているだけです。司さんはもう少し寝かせてあげたいので、食堂へ行ってお話しましょう。朝7時ごろに起こすのは、舞さんの役目ですよ?」
司を起こさないように2人で忍び足、部屋を抜け出して食堂へ向かうと、橙花がもう起きていて朝食の準備をしていた。橙花の目は真剣そのもので、鋭い目つきで鍋を見つめて集中しているようだった。
「あ、あれ? 橙花さん、もしかして、昨日からずっと起きているんですか?」
「舞さん、リリちゃん、おはようございます。ええ、司様が目覚めて最初に飲まれるスープなのですから、最高の逸品を用意する必要があります。そこに妥協は一切許されません。他の皆様用の朝食は少し時間が早いですので用意が間に合っていません。何か有り合わせで作りますので少しお待ちください」
2人は促される様に食堂に着席してしばらく待つと、橙花が軽食を運んできてくれた。
橙花は配給が終わると即座にバックヤードに戻り、スープの仕込みを再開しにいったようだ。それにしても、徹夜で作業していたとは思わなかったが。
「先に、ご飯を頂きましょう」
忙しい合間を縫って橙花が用意してくれた食事を2人はもぐもぐと食べ終わる。
「昨日も言いましたけど、司さんはもう大丈夫です。大樹様が太鼓判を押してくれていますから。でも、しばらくずっと動けていなかったので、元の状態に戻るまでにどれくらいの時間がかかるのかはわかりません……ここからは舞さんたちの助けが必要です」
「リリ、ありがとう。本当にありがとう。私、司さんがいない日常が絶えられなかった。自分が失敗したことで司さんに迷惑をかけて、大けがをさえて、どれだけ後悔したかわからない。死にたくもなったけど、自分だけ逃げて、司さんを無責任にこのままにしておくのか? って自分をさらに責めた。どうしようもなかった」
今まで誰にも言えなかったことを吐露するように、舞はぽつりぽつりと話し始める。
「辛かった、苦しかった。でも、それ以上に司さんはどう思っているんだろうって思うと、やるせなかった。司さんが起きないのは自分たちのせいだってわかった時、私は一体何をしていたんだろうって思った。私たちがいることが司さんの負担になっていたなんて思ってもみなかったから」
「舞さんたちが頑張っていたことは私が知っています。司さんだってわかっていますよ。司さんも、舞さんも、ちょっと疲れていただけです。遠回りしちゃった分は、これからまた少しずつ前に進めばいいだけなんです」
「私だけ弱音を吐いてごめんね……リリだって寂しかったはずなのに。ううん、リリが一番辛かったはずなのに。司さんのことを一番必要としていたんだから」
ぶつけることも、消化することも、話すことすらできなかった舞の想い。
「私には舞さんたちやクーシュやお父さんやお母さん、みんなが側に居ましたから。それに、大樹様が教えてくれていました。司さんは大丈夫だって。だから、あなたは一歩ずつ進みなさいって」
大樹の巫女として、大樹を信じて前に進むこと。リリはそれを実行したに過ぎない。
でも、それは最も簡単で、最も難しい道を選ぶのに等しい。
食事と話を終えて、舞は1人で司の部屋に戻ってきた。
ベッドの脇に腰かけると、司の前髪をかき分けて顔を見つめる。
その面影を網膜に焼き付ける様に、もう二度と手放さないように。
「司さんが寝ている間に、私のほうが何倍も、あなたのことを好きになっちゃいましたよ?」
安らかに寝息を立てている司の頬に手を添えて、自分の唇を落とす。
「だから、司さんも早く私の魅力に気づいてくださいね?」
以前とは違う、少しだけ自分に素直になった舞を見た時、司はどんな反応をするのだろう。
急な変わりようにタジタジになりそうな気もするけども。
舞は司の頭を撫でながら、起こす約束の時間まで幸せな時間を過ごした。




