7-8 これからやるべきことは?
司の目が徐々に開かれて、光を取り戻していく。
その様子は、周りにいた全員が待ち望んでいたこと。
しかし、いざその時になってみると、何をすればいいのかわからず固まってしまう人間が続出していた。
その中で、唯一の平常運転だったリリは司の元へ駆け寄るとすぐに声をかける。
「司さん、おはようございます。気分は如何ですか? 私のことがわかりますか?」
「う……あ……」
司はリリを見て何かを話そうとしたみたいだが、ちゃんとした言葉にならなかった。
「私は大丈夫です。お父さんも、お母さんも、ララも元気いっぱいです。司さんはずっと寝ていたんですから、ゆっくり、ゆっくり慣らして行きましょう」
司はリリを見つめたまま、大粒の涙を流して謝る。
「あ……あ、す……ま…………ない」
事故などが原因で1か月寝たきりになっただけでも、そこから元の状態に復帰するには辛いリハビリを伴う。
ほぼ仮死状態のまま1年間も昏睡し続けていた司の身体は、まだ本来の機能を取り戻すことができておらず、まともに動くこともできなかった。
さらに、急に外界からの大量の情報がなだれ込んできて、司の脳はパンク状態だろう。
「今は、また寝てください。大丈夫です、眠ったままになんてしませんよ。明日になったらちゃんと起こしますからね。早く元気になって、一緒に散歩に行きましょう」
リリが優しく語りかけながら涙を拭うと、司は安心したように眠りについた。
今までとは違う、安らかな寝息を立てた眠りに落ちたのを見て、リリは胸を撫で下ろした。
リリだって、漸く目覚めた司に甘えたい想いはあるだろう。
しかし、それを前面に押し出したら、きっと司が罪悪感で潰れてしまう。
「みなさん、司さんはもう大丈夫です。今は少し混乱していますけど、また明日からお世話を頑張りましょう。これからは少しずつでも何か食べないとダメなので、橙花さんはスープの準備をお願いします」
「! は、はい! わかりました! 消化が良くて栄養価の高いものを今から急いで準備します! それでは失礼します!」
橙花は名残惜しそうに司の顔を見てから、厨房の方向へ風の様に走り去っていった。
「舞さん、泣かないでください。明日になれば、司さんはちゃんと起きてくれます。明日の朝、司さんを起こす役目は舞さんなんですよ? 可愛い笑顔で行きましょう」
「リリ……本当ですか? 司さんは、またずっと寝たままになりませんか? 明日も、ちゃんと起きてくれますか? 私、不安で不安で……司さんがまたずっと眠ったままになったらどうしようって」
「大丈夫です。だから、泣くのは今日までにして、明日からは笑ってくださいね? 舞さんも、ここしばらくずっと寝てないですよね? 今はゆっくり休んでください」
「あああああああ……」
舞はその場に座り込んだまま慟哭のような泣き声を上げる。
しばらくずっと泣いていたのだが、今まで溜まった疲れが出たのだろう、座ったままの体勢で眠ってしまった。
このまま置いておくわけにはいかないので、宗司が舞を回収して仮眠用のベッドに横たえると、その寝顔は付き物が落ちたかのように安らかだった。
「おじいちゃん、司さんはもう大丈夫だよ。ララと一緒に手を握ってあげて? でも、起こさないように優しくしてあげてね」
リリにそう言われると源はふらふらと司に近寄って行って、ベッドの下に跪くと寝ている孫の手を自分の両手で恐る恐る包み込んだ。まるで、司が幼かった頃、病気で寝ていた孫の看病をするのを思い出すかのように。
「澪さんたちもご苦労様でした。皆さんのおかげで司さんが目覚めることができました。また明日から別のお仕事がありますので、今日はゆっくり休んでください」
「リリちゃんもお疲れ様でした」
「そっかー、よかったー。これで舞も肩の荷が下りたよね?」
「リリは優秀。うちにも1匹ほしい。むしろ現品を望む」
3人娘たちも一仕事終えた様子で満足そうだ。
疲労はあるにしてもそれほどではないため、交代で舞の看病を買って出てくれた。
橙花はきっと手が離せないだろうから、こういう時の女手は貴重である。
「父さん、お母さん、もう大丈夫だよ」
「そうか、司にはたくさん世話になっているからな。また、明日に様子を見に来よう。リリ、私たちの分も司の事を頼んだぞ」
「リリ、しっかりね? 一族の子供が立派に育ってくれていて、私たちはとても誇らしいわ。もちろん、ララもね」
たったそれだけのやり取りで理解ができたヴォルフとルーヴは自分たちの寝床に帰って行った。
「兎神さん、蒼花さん、司さんの体調に問題はありませんから、カノコさんを離してあげてくれませんか? このままずっと簀巻き? ではカノコさんが可哀想です……」
「リリ様のお願いでも、今はそれを聞くわけにはいきません。この輩が司様に一体何をしたのか、どういう目的があったのか、それをきっちり説明して私が納得するまでは、ずっとこのままです」
あれ以降、拘束されて簀巻きにされて猿ぐつわされて目隠しされているカノコは人間ミノムシ状態で床に転がっているのを、蒼花に容赦なく踏みつけられていた。
「でも、この状態じゃ、説明も何も出来ないと思います……」
地面でクネクネするだけしかできないカノコに状況を説明しろというほうが酷なのだが、それに気づいていなかった兎神たちも相当切羽詰まっているのだった。




