6-52 時の揺り籠⑦
時は過ぎ、少女は成長して美しい女性となった。
そこには優しさだけではなく、かつて大切な家族との突然の別れを経験して、心が一回り強くなった立派な姿があった。
そして、その日は真っ白のドレスを身に纏って、幸せそうに空を見上げていた。
「ヴォルフ、ルーヴ、ララ、リリ。お空のどこかで見てくれてる? 私、今日結婚するんだよ? 相手はもちろん司君。私、君たちのおかげで今すっごく幸せ。だから、君たちからもらった大切な想いを、この子たちに返していくね」
そう言う女性の周りを、祝福するように親犬と子犬たちが駆け回る。
それは、女性が生まれた時から何代も、歴代に命を繋いでいる柴犬の末裔。
「私は忘れないわ、君たちが生きていた証を。だけど、それに囚われずに前に進むわ。でも、たまには君たちを思い出して泣いても良いよね? 大切な、大好きな家族だもの」
「舞……」
女性の元に近づいてきたのは、同じく白い衣装を着た青年。
あの頃よりも少し歳を重ねて、あどけなさよりも精悍な顔つきが目立つようになった。
空を見上げて憂いを浮かべる女性のことを心配して声をかけたようだ。
「司君、安心して? 私は君と一緒に生きることを選んだから。辛いことがあっても、悲しいことがあっても、2人なら乗り越えられるでしょう?」
「ああ、そうだな」
そう言って青年に微笑む女性に向かって、子犬たちが構ってほしいとジャンプする。
「あはは、君たちも一緒に遊びたいの? しょうがないなぁ」
「こんな日だってのに、俺たちはいつもと変わらないな。いや、これからもずっと、か?」
白い衣装のまま、それぞれに子犬たちを抱える2人。
晴れの日の衣装に毛が付着したとしても、それを気にする様子はない。
それよりも、今日と言う日を家族で分かち合いたい、そんな雰囲気が見て取れる。
「おーい、司、舞、準備は出来たか? って、ははは、折角の衣装が毛だらけじゃないか」
女性の兄が2人を呼びに来たが、子犬を抱えて微笑み合う2人に苦笑を隠せない。
「じゃ、そろそろ行こうか?」
「はい、司君……いえ、今日からは、あなた、ですね?」
幸せそうに手を繋いで歩いて行く2人の後を、親犬と子犬たちが追従していく。
2人にとって、今日は旅立ちの日。
新しい家族の形を作るために。
そして、変わることのない愛情を注ぐ家族と共に歩き出す。
さらに月日は流れ。
2人とって待望の瞬間が訪れる。
部屋には元気の良い産声が響き渡る。
「要、生まれてきてくれて、ありがとう」
「ああ、よく頑張ってくれた。舞、ありがとうな。要、お父さんだよ?」
女性は青年の妻となり、そして母となった日。
生まれた赤子を大事そうに抱えて笑顔を見せる女性の表情は、慈愛に満ち溢れていた。
「この子が、要。私たちの赤ちゃんよ? 君たちの弟になる子。これからよろしくね?」
女性が抱く小さな生き物を、ベッドに身を乗り出して不思議そうに見つめる者たち。
慎重に匂いを確認して、これから庇護するものとして認識した犬たちは、まるでよろしくと言わんばかりにわふわふと鳴く。
そして、仲間が増えて嬉しいのか、尻尾が勢いよく左右にぶんぶんと振られていた。
生まれたばかりの赤子は成長して子供になり、
「わーちゃ、わーちゃ」
ふさふさの毛を持つ遊び相手に夢中の状態のご様子。
「もふもふー、ぎゅー、きゃっきゃ」
ちょっと手荒なスキンシップが目立つが、それを嫌がることなく手加減して相手をする犬たちは優秀なベビーシッターだった。
「要、この子たちが大人しいからって乱暴しちゃダメよ? お友達なんですから、優しくです。でないと、怒られてカミカミされちゃいますよ?」
「わーちゃ、カミカミ、やー!」
「優しく、なでなでしてあげてください。この子たちは要のことが大好きですからね」
尻尾を握ろうとしていた子供は、母親に注意をされて思いとどまる。
以前に遊んでいた時、力加減が上手くない子犬たちに強く甘噛みされたこともあって学習したようだ。
子供よりも身体の大きい柴犬たち。
群れの主の子供、可愛い妹のことが犬たちは大好きだった。
暇があれば必ず1匹は側にいるし、子供が寝るときは近くに集まろうとする。
もはや、姫を守る騎士と言っても過言ではない。
「お、要はお昼寝中か」
「ええ、さっきまでヤンチャしてましたけど、やっと寝てくれました……」
「いつもお疲れ、コーヒーでも入れようか?」
「あなた、ありがと。お仕事は一区切りしたんですか?」
「ああ、一段落したからな。あと、要がそろそろ昼寝の時間かと思って、こっちの様子を見に来た。ほい、熱いから気を付けて」
夫婦はスヤスヤと眠る我が子を眺めながら、コーヒー片手につかの間の休息を得る。
「それで、引っ越しの件だけど、良いのか? そりゃ実家に住めば、要と毎日遊べるからって親父たちが喜ぶけどさ」
「ええ、道場のほうも兄が正式に継ぐことになりましたし。私が、ここを離れても問題ありません。孫を見せろと親が五月蠅そうですが……」
「週末は頻繁に通うしかないよな、凛さんたちだって可愛がってくれるんだし……って、どうした?」
2人で話をしていたら、子供と一緒に寝ていた犬たちが耳をぴくぴくさせて玄関のほうを気にし始め、すぐに玄関のチャイムが鳴らされた。




