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6-51 時の揺り籠⑥

 少年が成長して青年になった頃。


「ヴォルフ……ルーヴ……サヨナラは言わない。またどこかで会おうね。ありがとう」


 青年と少女の家でそれぞれ飼っている親犬たちの、その親が天寿を迎えた。


 青年の母親の実家で飼われていた2匹は、番に愛情を注ぎ、主人に尽くし、たくさんの子供たちを育てて、年を重ねて寄り添う時間が増え、2匹で眠るように息を引き取った。


「君たちの子供のリリとララは元気だよ。孫たちも元気いっぱいさ。な? 舞」


「うううう、ああああ、ヴォルフぅ、ルーヴぅ……」


 普段は全くといっていいほど泣かない気丈な少女は、この時ばかりは様子が違った。

 青年の身体に抱き着いて滂沱の涙を流し、木箱の中に寄り添い色とりどりの花に包まれて眠る2匹を見ることができなかった。


 2匹は少女が0歳の時から身近にいた。

 一緒に遊んで、一緒に育った、兄弟のような存在だった。

 子犬たちをそれぞれが自分の家に引き取った後も、定期的に交流は続いていた。


「なんでぇ、まだ、たくさん遊びたかったよぉ」


「舞、ヴォルフたちは、自分の役目を終えたんだよ。ゆっくり休ませてあげよう?」


 人間と柴犬。

 種族の違う生物の、時間の流れの差は無常だった。

 物心がつく前の赤子が少女に成長する頃には、片方の寿命は終わってしまった。


「やだよぉ、ララたちも、リリたちも、もうすぐ死んじゃうの?」


「誰にでも寿命はあるよ。勿論、ララやリリたちにも。いつかは俺たちだって。その中でヴォルフたちは精一杯生きたんだ。だから、よく頑張ったって、見送ってやろう?」


「また、こんな想いをしないといけないの? こんなのってない、つらいよぉ、そんなの耐えられないよぉ」


 親しいからこそ、大切だからこそ、その別れが辛い。

 それはごくごく当たり前の感情。


 しかし、これは誰しもがいつかは経験しうるもの。

 少女の親も、今は泣き崩れそうになる我が子を見守ることしかできなかった。


 生き物を飼うという事。


 それは、パートナーとの出会いを、一緒に生活する楽しさを、お互いを大切にする慈しみを、懸命に生きる希望を、どうすることもできない理不尽を、悲しい別れを、人に必要な様々な感情を経験することができる。


 寿命が違うからこそ、数多の出会いと別れを繰り返す人生の縮図。

 そして、共同生活を通じて共に成長する喜びと責任感を養うことができる。


 親が手を差し伸べることは容易い事。

 しかし、最終的に乗り越えなければいけないのは、成長しなければいけないのは幼い心。

 最悪の事態にならなければ、見守ることも必要だった。


 だが、幸いにも少女には青年が隣にいる。

 1人なら絶望に囚われるところでも、彼が一緒なら少女の心も救われやすい。


「舞、確かにヴォルフとルーヴはもういない」


 青年のその言葉にビクッと身を縮こまらせる少女だったが、


「でも、ヴォルフたちが残してくれたララとリリが側にいる。そして、ララとリリたちの子供たちもいる。その子供たちも、そのまた子供たちも、命を繋ぐために懸命に生きている」


 別れは悲しい。


「俺たちは、今託されたんだ。ララとリリたちの事を、その子供たちを、さらに未来に繋ぐことを。もちろんヴォルフたちを悼む気持ちは大切だ。だけど、ここで舞が立ち止まって、その役目を放棄することをヴォルフたちは望まないと思う」


 家族なのだから、その喪失感は相当なものだろう。


「今は悲しみにくれても良い。だけど、明日からはララやリリたちのために、前を向いて家族のために頑張ろう? それで時々は後ろを振り返ればいいさ。命日に写真の前で手を合わせて、ヴォルフたちが好きだった鶏のジャーキーでも他の子たちと一緒に食べてな?」


 悲しくて、苦しくて、辛くて、心が張り裂けそうになるかもしれない。


「忘れろなんて言わないさ。だけど、それに囚われちゃダメだ。ヴォルフたちの分まで、他に生きている子たちを大切にしてやらないと。それが、託された俺たちのするべきことだから。そうしないと、あっちに行った時に情けないやつだってヴォルフたちに笑われるぞ?」


 青年の言葉を受けて、少女は箱の中で眠る2匹に視線を向けて、


「ヴォルフ、ルーヴ、今まで、ありがとう。安らかに眠って、ね? ララとリリたちの家族は、あなたたちの分まで私たちが頑張るから……」


 それからは、少女は涙を流しても、2匹から視線を逸らすことはなかった。


 そして、最期の別れを済ませた後、青年と少女の手元には、少しの遺骨だけが残る。

 皆の意向で、青年の母親の実家にお墓を立てて、2匹はそこで眠ることとなった。



「ううう、ヴォルフ、ルーヴ、もう君たちと遊べないのは悲しいよ……辛いよ」


 周りに誰もいなくなってから、人知れず自分の部屋で声を押し殺して涙を溢す青年の姿を、少女が見ることはなかった。


 少女にとってそうだったように、青年にとっても家族だった2匹。

 家族を、兄弟を失った悲しみが辛くないわけがなかった。

 ただ、少女を支えるために表面に出せなかっただけで。


 そんな青年を慰めるように、主の異変に気付いた柴犬の親子がそっと寄り添った。

愛するものとの別れは、いつかは訪れることでしょう。

中には、すでに何度も経験されている方もいるかもしれません。

それを辛く悲しいと感じることは心が正常な証拠です。作者も未だに慣れることはできません。

身近に存在する自分の大切に想っている方の、今この時を大切にしてあげてください。

素直になれなくて、そんなの恥ずかしいと思う人もいるかもしれません。

でも、ありがとう、そのたった一言からでもいいのです。

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