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6-50 時の揺り籠⑤

 子供は小学校に通う年まで成長し、あの後も赤ちゃんとの交流は続いていた。

 実は住んでいる家が近かったことも判明して、それからはお互いの家を頻繁に行き来して順調に絆を深めていた。


「ああー! 司ちゃんだ!」


「こら! 舞! まだ修練中だぞ! お、司君か、いらっしゃい」


 白い道着を着て武道の型らしきものを練習していた少女が、5歳児とは思えない脚力でダダダっと走って駆け寄っていく。


「舞ちゃん、こんにちは、遊びに来たよ。おじさん、おばさん、こんにちは」


「司ちゃん、こんにちは! お家の中にどうぞ~」


「舞ちゃん、あなたは着替えてらっしゃい。まさか、そんな恰好のままで司ちゃんのお相手するつもりですか?」


「はーい、わかりました……待っててね! すぐ戻るから!」


 これまたダダダっと元気よく走り去って家に駆けこんでいく少女。


「あ、そうそう、司ちゃん、私の事は凛さんですからね? わかりますね?」


「あ、はい、すみません」


 どうやら、おばさんは禁句らしい。

 実年齢としては30ちょっと、見た目は20前半くらいに見える。だからか、おばさんとは絶対に言われたくないというオーラが全面に出ている。

 逆らうと恐ろしいので胆に銘じておいたほうが良いだろう。



「司ちゃん、リリちゃんは元気? そろそろ赤ちゃん生まれるんでしょ?」


「そうそう、さっき生まれたってお母さんから連絡もらったから、舞ちゃんに教えに来たんだ。すぐは無理だけど、ララと一緒に家に見にくる?」


「わぁ! リリちゃんやったね! 行く行く! でも、赤ちゃんたちを怖がらせないようにしないとね。ララ大人しくできるかなぁ?」


「じゃ、お母さんにいつ頃ならいいか聞いておくね。ララは賢いから……って、わわわ」


 2人で話をしていると、何かが廊下を駆けて部屋に突撃してきた。


「こーらー! ララ、司ちゃんはお客様なんだから飛びついちゃダメって言ってるでしょ!? って、聞いてないし!」


「ははは、ララ、こんにちは。うん、毛並みもツヤツヤだし、舞ちゃんの家のひとたちは大切にしてくれてるみたいだね」


 少年に襲い掛かった行動にぷりぷりと怒る少女だったが、当の柴犬はそんなことはお構いなしに嬉しそうにじゃれついていた。


「もう! ララはお父さんになったんだから、もっと落ち着いて行動しないとダメだよ?」


「ララ、君の妹のリリが赤ちゃんを産んだんだよ? 少し落ち着いたら、君も見においで」


 少年が声をかけると、わふっと一鳴きして返事をした柴犬。


「ララって、司ちゃんの言う事だけは何でも素直に聞くのよね……どういうこと?」


「あはは、ララとリリとは一緒に育った兄妹みたいなものだからね。でも、舞ちゃんたちの言う事だって、普段はちゃんと聞くでしょ?」


「まぁね」


 柴犬の行動に苦笑しながらも慈しむ様に撫でる2人。

 大好きなひとたちに構ってもらえた柴犬は満足そうに丸まってリラックスしていた。



 家のリビングの一角に大きめの犬ベッドが置かれた場所。

 そこには親犬1匹と目が開いていない子犬が2匹。


 そして、今まさに少年と少女の前で母犬が子犬たちにお乳をあげているところだった。


「リリちゃん、頑張ったね。わぁ、ちっちゃい。赤ちゃんは黒い子と白い子なんだね? ころころしてて可愛いね~」


「お父さんが黒い子なんだ。今は散歩中だから、もうちょっとで帰ってくると思うけど」


 一生懸命お乳を飲んでいる子犬たちを驚かせないように小声で会話する2人。

 母犬は少女のほうをちらっと見たが、知っている顔だとわかると安心して授乳に専念し始めた。


「名前はもう決めたの? この子たち」


「まだだね。お父さんとお母さんがそれですっごい揉めてて、大変なんだよ……」


「わかるわかる。ララの子供たちも名前決めるときにお父さんとお母さんが言い争ってたもん。結局、お父さんが折れたけど」


 どうやら、そこらかしこで子犬たちの命名戦争が勃発しているようだ。

 可愛いは正義である。


「お、舞ちゃん、いらっしゃい。リリの子犬たちは可愛いだろう?」


「あ、帰ってきた」


「この子が、リリちゃんの旦那様?」


 散歩から上機嫌で帰ってきた父犬だったが、家に見知らぬ人間がいるのがわかると、自分の番と子犬の前に立ちふさがって歯を見せて威嚇を始めた。


「優しくて、いい子だね。私は舞っていうの、よろしくね?」


 しかし、それに怯むことなく目線を合わせて優しい声音で父犬に話しかける少女は大物である。そして、制止の声は予想外のところからかけられた。


「バウッ!」


 母犬から鋭い咆哮を向けられた父犬はビクッとして自分の番と子犬たちを振り返る。

 仲良くしなさい、そんな言葉をかけられたのかもしれない。緊張していた父犬の身体から力は抜け、尻尾がだらりと垂れさがった。


「リリちゃん、この子を怒らないであげて。家族を守ろうとしたとっても良い子じゃない」


 自分の家族に危害を加える人じゃない、主人の少年たちと仲が良い、それさえわかれば少女は父犬に受け入れられた。


 そして、子供たちの授乳が終わったのを見届けた父犬は、安心したように家族に寄り添って丸くなり休み始めたのだった。

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