6-47 時の揺り籠②
サブタイトルの数字が間違っていましたので修正しました。
夫婦と子供はある大きな屋敷を訪れていた。
3人の対面には、ぶすっと顰め面をした初老の男性が座っている。
机の上にはカップに注がれた紅茶が僅かに湯気を出しているが、お互いに手を付けた様子はなく、割と長い時間放置されていることがわかる。
「お館様、双方このままダンマリでは何も進展いたしません。ここは年長者としてお館様が譲歩するべきだと進言いたしますが? そもそも、お館様が冷静になられていれば問題にならなかった案件です」
この重苦しい空気をやぶったのは、初老の男の後ろに控えていた執事服の男だった。
「何年ぶりだ? 今更になって、よくも儂の前に顔をだ……」
「お、や、か、た、さ、ま。それは、大人気ないです。私、提言いたしましたよね? お嬢様のお話にちゃんと耳を傾けましょうって。それを話し半分で出ていけとおっしゃって。私はお嬢様のことが不憫でなりません。理解力のない親を持つと子供が苦労します」
「待った、わかった、わかったから。儂が悪かった」
それにしては主人に対する言葉にしては少しだけ辛辣な気もするが……。
「久しぶりだ、元気だったか? お前たちにも色々思うところがあるんだろうが、ひとまず置いておいて……その子を紹介してくれんか?」
「……しょうがないですね。つーちゃん、この人があなたのおじいちゃんですよ?」
不穏な空気を察して、母親にしがみ付いていた子供が初老の男性の方へ視線を向ける。
が、人見知りなのか、すぐに母親の身体に顔をうずめてしまった。
「ほら、お館様がそんな態度ですから、もう司様に嫌われてしまいましたよ? だから、事前にあれほど第一印象が重要だと言いましたのに。子供というものは周囲に敏感なのです」
「うっ……だがしかし」
そんな中、部屋に入ってきたのは妙齢の女性。恐らくは初老の男性の伴侶だろう。
硬い雰囲気の男性に比べて対照的な、とてもふんわりとした微笑みを浮かべる優しそうな女性だった。
「あらあら、まぁまぁ、とっても可愛い男の子。この子が司ちゃんですか? 初めまして、私があなたのばーばですよ?」
「ばーば?」
妙齢の女性に対しては何の警戒心もなく視線を向けて、言葉を反芻する子供。
初老の男性には一目で怯えて視線を逸らせた人見知りとは思えない対応だった。
「お母様、ごめんなさい。家を出ていってしまって……」
「それ以上は言わなくても良いです、私はわかってますから。それよりも……あら可愛い。司ちゃんは何歳ですか?」
「3さい」
手招きした妙齢の女性に素直に抱かれる子供。早くも懐いたようだった。
その光景を隣で羨ましそうに見つめる初老の男性が寂しい。
「ちゃんと答えられて偉いわね。司ちゃん、お菓子食べますか?」
「お菓子……」
子供は確認するように母親を見ると、すぐに頷きが帰ってきた。
それにすぐ反応して、ドアの側に控えていたオレンジ色のメイド服の女性がお菓子を運んでくる。
「橙花、ありがとう。司ちゃん、はいどうぞ。シュークリームですよ」
「しゅーくりーむ……あむあむ、あーまい! おいちい!」
まるで大きな木の実を齧るハムスターのような愛らしさに、周囲はくらくらしている。
食べ慣れていないシュークリームで子供の手がべたべたになってしまったが、差し出されたタオルで妙齢の女性が甲斐甲斐しく拭いてあげていた。
「そうだ、蒼花。司ちゃんにあの子たちを見せてあげてくれないかしら?」
「奥様がそうおっしゃると思って、既に連れてきております」
もう一人の青色のメイド服の女性が部屋に何かを連れてきた。
とはいっても、リードや首輪などは一切つけていない完全フリーの状態だ。
「わんわん?」
「そうよ、うちのわんちゃんたちですよ。大きい順にヴォルフ、ルーヴ。小さいのが最近生まれたばかりの子供のララとリリよ。可愛いでしょう?」
子供の前に通されたのは、柴犬の親子。
親犬たちは子供のことを見つめているが、尻尾はぶるんぶるん左右に振られていて興味があることが見て取れる。
子犬たちは難しいことはよくわからないので、子供に早速じゃれついていた。
「わんわん、かわいい」
「司ちゃん、ララとリリはまだ生まれたばかりで赤ちゃんだから叩いたり強く握ったりしちゃダメよ? 優しく、優しく撫でてあげて」
「うん、わかった。こっちにおいで? わぁ、ふわふわ」
「何と言う事だ……うちの優秀な番犬たちが初見であっという間に懐くだと!? わしの孫は天才か!?」
子供が絨毯の上に座ったのを見て、遊ぼうと襲い掛かった子犬たちを初めてもふもふした子供はとても嬉しそうだった。
それを見た親犬たちも子供の背中付近に陣取って丸くなったが、尻尾は相変わらずぱたりぱたりと動いていた。
約一名、親バカならぬ孫バカを発動したが気のせいだろう。
「まぁ、なんだ、今日は泊まっていくだろう? 食事でもしながらゆっくり話をしよう」
「ええ、わかりました。つーちゃんもこの子たちと遊ばせてあげたいので、ぜひに」
子犬と戯れる子供の様子にすっかりアットホームな雰囲気となったことで、それまでの険悪な空気は微塵にも感じられなくなった。
可愛いとは正義なのである。




