6-40 武神の心を受け継ぐもの
マリスと名乗った男は、対象者の記憶を読むことができる。
深度がどれくらいなのかとか、精度がどれくらいなのかは正確にはわからない。
だが、司たちにとっては極めて危険な能力であることは間違いない。
(いいか、司よ。これから教えることは、武神の秘伝。だが、絶対に使うな)
「宗司さん……ごめんなさい」
(これは、術者の心身機能を強制的に昇華させるもの。一時的にだが、位階を1段上げることができる。意識も、肉体も、全くの別物になるだろう)
「ここが、俺の正念場です」
(言い換えれば、人の身で人ならざる者に成る技だ。だが、相応の代償もある。使ったが最期、司の身体がどれくらいの時間をコレに耐えられるのか……正直わからん)
「……何をしゃべっているのですか?」
(武神流の裏の目的は、コレに耐えうる身体を作るためでもある。かつて、初代はコレを自由自在に操って1人で大軍を相手にしたそうだが、親父や俺では……2分は持つまい)
司の力では目の前にいる男、マリスにはどうやっても敵わない。
そして、このまま大人しく司たちを見逃してもらえるとも到底思えない。
何よりも、大切な舞やリリたちが傷つく可能性があることが、司には許せない。
(では、なぜこれを教えるのか? それは、武神の心構え。守るべき人たちのためならば、決して引かぬという強い気持ちがあれば、司を窮地から生かす力になるはずだ。その資格もあるしな)
舞という未来の伴侶を得て、リリたちという守る家族もできた。
宗司と……武神の人たちは自分たちの仲間だと、司の事を認めたのだ。
そして、何があっても絶対に生きて帰ってこい、と伝えるために。
(いいか? もう一度言うぞ。決して、使うなよ? 義弟よ)
「もし、万が一にも生き残って帰ることが出来たら、いくらでも説教されましょう」
コレを教えてもらった時、司は宗司から強く言われていた。フリじゃなく。
司が使ったら、間違いなく死ぬぞ、と。
折角できた弟を失わせるような思いをさせるな、と。
「舞、リリ、ララ、ルーヴ、爺……ヴォルフ、後を頼んだ」
最期に司が感じたのは何かが自分の上に降りてくるような感覚と、身体の内部から爆発するような莫大な波動だけ。
すぐに司の意識は闇に飲まれて途絶え、その先に待ち受けている自分の結末を、確認することはできなかった。
揺り動かされる様な感覚を感じて、舞は意識を取り戻した。
「……!?」
「良かった……目を覚ましてくれたか」
声をかけていたのはヴォルフだったようだ。
舞が周りを見渡せば、自分を心配そうに見つめていたリリと、リリの横に力なく伏せるルーヴが見えた。
そして、自分と同じように倒れている源、それを心配そうに見つめて身体を擦りつけるララが目に入った。
「私……」
舞はどういう状況であったのかを思い出した。
そして、1人いないことに気がついた。
「司さん! 司さんはどこに!?」
ヴォルフからの説明を聞いた舞は愕然とした。
「そんな……急いで追いかけないと! ヴォルフは何で追いかけないのですか!?」
舞は即座にヴォルフに詰め寄ると、行いを問いただす。
「私は、司に託されたのだ、みんなを頼むと」
表情からわかる通りに、ヴォルフとて苦渋の選択だっただろう。
司の意図は勿論わかる。
ルーヴが怪我をして舞と源が昏倒している状況で、戦えないリリとララもいる。
最低限、全員が回復して動けるようになるまで、ヴォルフはこの場を離れるわけにはいかなかったのだ。司に舞たちの事を頼まれたのだから。
「ごめんなさい」
「いや、舞の気持ちは痛いほどわかる。私やリリも想いは同じだ」
それから舞たちは、源の意識は戻っていないが外傷は問題なさそうだと判断して、ヴォルフの案内で司が走っていった方向へ追いかけ始めた。
ケガを負ったルーヴと意識のない源を気遣って移動したとしても、ウルの民の機動力を持ってすれば、司が進んだ距離に追いつくのはたやすい事。
走れば走るほど、先にある司の匂いがどんどん近づいてくるのがわかる。
「近いぞ! もうすぐだ!」
「司さん! 今、行きます!」
ついに司の姿を視界に捕らえた。
そして、司の周りに、あの男はいない。
舞たちにとってはチャンスだった。
が、
「そ、そんな……嘘です、冗談、冗談ですよね?」
舞はヴォルフから飛び降りると、過去最大の力で大地を蹴って司の元へ加速する。
リリも舞の後を追いかける。
「司さん、こんな時に、お昼寝なんてしている場合じゃありませんよ?」
司は、地面に仰向けで倒れていた。
舞たちが近くに駆け寄ってもピクリとも反応しない。
リリが今まで1回も聞いたことない悲しそうな声で、くーんくーんと鳴きながら司に自分の頭を擦り付ける。
その様子を見た舞は、その場で膝から地面に崩れ落ちた。
目の前の現実が、認識するには余りにも辛かった。
「大丈夫って、言ったじゃないですか……」
司は、何かを成し遂げたような、とても安らかな表情をしていた。




